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アン・サリー 土手内ライブ 2014


森の診療所  アン・サリー (MUSASHI MOOK)森の診療所 アン・サリー (MUSASHI MOOK)
(2013/11/26)
アン・サリー

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2年前とおなじ松山市北条の海岸、おなじサポートメンバーによるライブ。
今回も、地元のドテウチーズによる主催です。
しかし、こんなにはやくアン・サリーさんに再会できるとは!

前回の開催は7月。
夏のあついさかりで、汗びっしょりになりながら参加していました。
今回は10月だし、もう朝晩はさむいくらいだし…。

…と油断していた自分がうらめしくなるほど、秋の海岸は暑かったのでした。
サンサンと照りつける太陽。
さえぎる雲ひとつなく、そこだけが夏にもどったかのような。

会場についたころには、すでにアン・サリーさんたちがリハーサル中。
野外のライブ、しかもオープンな砂浜ということで、
(受付をすませていれば)リハもぜんぶ見られるというのがおもしろいところ。
帽子と日傘のスタイルは、2年前とおなじく。

午後4時を数分すぎたところで、いよいよ本番。
オープニングのボサノバで、暑さをサッとクールダウン。
…や、気持ちとしてはそうなのですが、なにせ陽射しが強烈すぎて!

会場の観客は、大半が女性だったのですが、
日焼け対策は大丈夫だったのでしょうか…。

「みなさん、まぶしそうな顔をして、こちらを見ていますね(笑)。
 もう少ししたら夕暮れになって、いい感じになりますから」


ご本人のMCによると、今回のセットリストは、
子供から大人まで、みんなが口ずさめるものを多く選んだそう。

「ご近所のみなさーん、どうぞいらしてくださーい!」とよびかけて、
ビリー・バンバンの名曲「白いブランコ」を演奏したり。

かと思えば、瀬戸内の海がきれいなので、
「海(唱歌)」や「瀬戸の花嫁」を、急遽セットリストに入れたり。

さらには、松田聖子「ガラスの林檎」(アルバム『fo:rest』収録)や、
ゴダイゴ「銀河鉄道999」といった、意表をつく選曲も。

アン・サリーさんの作詞作曲「時間旅行」では、
砂浜であそんでいた子供が、ステージ脇でシャボン玉を吹きはじめて、
あたかも歌の演出のように、シャボン玉が舞っていきました。

「前回のライブから2年間で、いろいろなことが変化しました。
 この歌は、物事は一定じゃないんだなあ、とか、
 私にも子供がいるんですが、子供の成長がとても早いと感じるとか、
 そういうことを歌ったものです」


歌の直前のMCで、こういう内容の話があっただけに、
その場であそびまわる子供たちを見ながら、この曲を聴くと、
自分の子供ではないのですが、胸にジーンとくるものがあります。

そして、「この曲に言葉はいりません」とだけ語った「満月の夕」。
またここで、この曲が聴けたことが幸せです。

「きのう、ドテウチーズのみなさんと一緒に飲んでいるときに、
 『80歳になっても、なにかライブを企画しますよ!』と言ってくれたんです。
 わたしたちもまた、ここに来たいですね」


先日の高野寛さんのライブもそうでしたが、
再会が楽しみになる人がいるというのは、なんて素敵なんだろう、と。
また会える日を、じっくりお待ちしています。
ありがとうございました。


【セットリスト】

1. Você e Eu
2. 胸の振子
3. 白いブランコ
4. 桑港のチャイナタウン
5. Chattanooga Choo Choo
6. 時間旅行
7. 海

8. 瀬戸の花嫁
9. ガラスの林檎
10. 満月の夕
11. 銀河鉄道999
12. Walking One and Only
13. 星影の小径
14. Both Sides, Now

(アンコール)
1. こころ
2. 蘇州夜曲

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高野寛 アコースティックツアー「ブラジルから遠く離れて」@若草幼稚園

昨年、おなじ若草幼稚園で開催された、25周年ツアー松山公演が10月13日。
ということで、ちょうど1年ぶりの高野寛さんライブとなりました。

今回のハイライトは、アンコールの特別ゲスト、赤松隆一郎さん。
アコースティック・ユニット「アンチモン」のメンバーで、
『高野寛ソングブック』では「See You Again」をカバーしているのですが、
なんと松山市の出身!で、
あの「グリーンダカラちゃんのうた」の作詞作曲者!だったのです。

赤松「里帰りのつもりだったんですが、高野さんのライブがあるということで、
それならと1日早く帰ってきました。
きょうはお客さんとしてきていたんですけど、
高野さんから『せっかくだから何かやろうよ』と言われて、飛び入り参加しました」


で、聞けば愛媛県人にはおなじみのアレやコレも、赤松さんの楽曲なのだそうで。

赤松「フジ(四国〜中国地方に展開しているスーパー)のCM曲とか、
あと、あいテレビ(TBS系列)の『♪愛があればね〜』っていう曲も作りました」
観客「ええ〜っ!」
高野「きょう一番のリアクションが(笑)」


あいテレビの曲は、ユニット「LAB」時代の楽曲「うたたね」だそうで、iTunes配信も。

高野「『グリーンダカラちゃんのうた』は、同じキャスト、同じ歌手で、もう3年目です。
CMというのは毎年、いろんな音楽が入れ替わっているのに」


サントリーの公式サイトで、いろんなバージョンのCMが公開されています。
最近登場した妹のムギちゃんは、本当に実の妹さんなんですって!

というながれで、アンコール1曲目は赤松さんのリードボーカルで、
「グリーンダカラちゃんのうた」ロング・バージョン。
いつもは「虹の都へ」の前フリで、ちょっとしか歌わないのですが、
この日は複数のCMバージョンの歌詞、そして今夜のための書き下ろし(即興?)も。
そこからもう1曲、「虹の都へ」もふたりで。サビは観客もいっしょに。

あまりにもスペシャルな展開、なにより愛媛県人としては、
ハッキリおぼえているうちにこれを書いておかねば!ということで、最初にもってきました。

もちろん、本編も本当にすばらしい内容で。
それぞれの楽曲にまつわるエピソードをおりまぜながら、新旧さまざまな名曲が次々と。

・アルバム名「CUE」をYMOから借りたことを、3人と仕事をしていても言えなかったけど、
歌をカバーすることで打ち明けられたような。

・The Beatniksのライブに参加→小林武史さんも一緒→2nd『RING』を小林さんがプロデュース
→Mr.Childrenの桜井和寿さんが「ぼくたち、高野さんの曲をよくカバーしていたんです」
→『RING』を聴いて小林さんと仕事をしたくなった→高野さんが小林さんを紹介
「…というJポップの隠された歴史が。ここ試験に出ます(笑)」

・クーラーの動く音も、幼稚園のこどもたちの声も、(それは)Music。

・「確かな光」イントロを聴いた瞬間に涙腺が…。

「まだ秋とは思えない気候で…ですよね!?(強調)ここ、次の曲のフリですから」
からの「Winter's Tale」! まさかの選曲に歓喜。
「どうも、田島貴男です。モノマネはできません」

・本編ラスト「美しい星」、ギターの音色をその場で録音し、何重にもかさねる。
(KTタンストールみたいな)
響きのうつくしさ、余韻に、心をもっていかれる感じ。

・最後の「See You Again」は、マイク・アンプなし。

今年の12月には50歳をむかえるという高野さん。
ギターのテクニックなど、まさに長年のキャリアがなせるワザでしたが、
楽曲も、歌声も、とてもみずみずしいんです。

「来年は50歳記念ツアー! もう毎年アニバーサリーにしちゃおう!」
「また来年、必ず来ます!」


この幼稚園で再会するのが、毎年のたのしみになれば、本当にステキなことですね。
ありがとうございました。また来年!



【セットリスト】

1. 夜の海を走って月を見た
2. CUE
3. カレンダー
4. 幻
5. Everlasting Blue
6. (それは)Music
7. each other
8. エーテルダンス
9. おさるのナターシャ
10. Dog Year, Good Year
11. Free
12. hibiki
13. 確かな光
14. On & On (& On)
15. Winter's Tale -冬物語-
16. ベステンダンク
17. 夢の中で会えるでしょう
18. 美しい星

(アンコール)
1. グリーンダカラちゃんのうた(ロング・バージョン)with 赤松隆一郎
2. 虹の都へ with 赤松隆一郎
3. All over, Starting over 〜その笑顔のために〜
4. See You Again


20140712 氷室京介 25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOLOGY -NAKED- @松山市民会館

いま帰宅して、iTunesできょうのセットリストを組みたてて聴きながら、
このノートを書いています。
…が、なんとちいさく聴こえることか!
いまも耳の奥に、ライブの余韻がのこっています。
(大音響で耳がキーンとしている、ともいう)

2010年の「BORDERLESS 50×50 ROCK'N'ROLL SUICIDE」ツアー以来の松山公演。
アルバムツアーではありましたが、
「ウソだろ!?」とおもわずさけぶような激レア曲の連発で、狂喜乱舞したものです。

今回はソロ25周年のベストアルバムをひっさげてのツアー。
先日のWOWOW特番で、ある程度ネタバレはありましたが、
それ以外は一切情報をいれずに、いざ本番。

4年前の反省をふまえて、ツアーTシャツは事前にネットで購入。
(WOWOWのサイトでコラボグッズが販売中です)
予想どおり、すさまじいほどの長蛇の列。

開演5分前にブザーが鳴るや、客入れ曲にあわせて手拍子が。
なもので、開演前の諸注意がまったくきこえない状態。すごいな…。

午後5時30分ジャスト、開演。
4年ぶりにライブで見る氷室さん、まったく変わらない身体のキレ!
腕をあげたり、手拍子をしたり、脚をクロスしたり…のアクションもビシッ!と。
ペットボトル(と水)も飛ぶ飛ぶ!ゲットした人、いいなあ…。

「25周年ということで、去年ベストアルバムを出して、
 3年半ぶりに全国ツアーをまわってきて、
 東京公演を除くと、もうあと2本ほどで終わるという、
 ブービー賞みたいな(笑)」


せっかくおニューの双眼鏡を買ったので、
序盤はこれをつかってステージをのぞきこんでいましたが、
「せっかくノッているのにジャマだな…」ということで、
途中でさっさとしまってしまいました。
2階席の前のほうだったので、けっこうよく見えたのもあります。
「COOL」でタンバリンをたたく氷室さんもよく見えました。萌え。

「ベストアルバムの曲もやるけど、
 みんなが知らないような曲もやりたいと思います」


というMCではじまったのが「たどりついたらいつも雨ふり」。
1988年のシングル「DEAR ALGERNON」収録、吉田拓郎のカバー。
前述のWOWOW特番で、この曲について熱く語っていたのが印象的です。
もしかしたら、原曲を知らない人もいたかもしれない…?

「50本やってきての反省点は、この中盤のバラードが長いこと(笑)。
 けっこう緊迫した空気になるんですよね。
 だからこうやってMCを入れて、そうならないようにしてるんだけど」


今回の2枚組ベストアルバムでは、1枚目にバラード曲ベストがまとめられています。
エイトビートを代名詞にしている感のある氷室さんですが、
こうしたバラード〜ミディアム曲で、とてもグッとくるものがあるのですよね。
「CALLING」や「TRUE BELIEVER」が聴けて、ホントによかった。

「最初の子が生まれたときに "ANGEL" を、
 2番目の子が生まれたときに "SUMMER GAME" を作って、
 その次の子が生まれたときに作ったのが、次の "魂を抱いてくれ" なんですけど、
 ちょうどカミさんがコレ(妊娠中)で、スタジオに連れてきたんです」

「オレはOCD(強迫性障害)的なところがあって、
 何度も何度も歌入れを繰り返して、何テイクも録ったんだけど、
 全部聴いたカミさんが最後に言ったのは、
 『いちばん最初がよかったんじゃない?』
 …まあ、世の中たいていそういうもんだけど(笑)」


ナマで聞く「カミさん」はいいですね。萌えますね。
『刑事コロンボ』のように、話には聞くけど姿は見たことがないという。
でも、とてもつながりが深い夫婦なのは伝わってきます。

「今まで作ってきたアルバムの中で、
 いちばん完成度が高いのは『Memories Of Blue』なんだけど、
 いちばんオレっぽいのは『FLOWERS For ALGERNON』なんです」
 自分の苛立ちだったり、人とうまくコミュニケーションがとれないことだったりを、
 歌詞の中に入れているので」

 
いまは作詞を森雪之丞さんや松井五郎さんにまかせている氷室さんですが、
ソロ1stの『FLOWERS〜』は、大半が氷室さん本人の作詞。
このあとの「STRANGER」も、社会でうまくやれないヤツのための曲です。

後半はライブ定番曲の釣瓶撃ち。
そろそろノドがさけびすぎて危険信号かも…。

アンコールでは赤いジャケットで登場。
2曲目にはいるときに、ちがう曲の音が出てしまい、

「…ごめん、ミステイク。
 さて、次の次の曲は何でしょうか? ドレミファドン!(笑)」


いやー、めったに見られないものを見られました。
氷室さん本人はあとで「ああ、きょうもダメだった…」と凹むかもですが、
こういうハプニングも、ライブを見る醍醐味なのです。ゴメンナサイ。

そして、まさかのダブルアンコール!
しかも下記のとおり、ヒットシングル3連発の出血大サービス!

「SUMMER GAME」では「愛してるぜ松山Baby!」!
「ANGEL」では「♪この鼓動そのままで〜」で心臓にマイク!
割れんばかりの大歓声!

「サンキュー松山、愛してます!」

こちらこそ、愛してます氷室さーん!
叫びすぎと歌いすぎでノドがガラガラだけど、最高に幸せです!
明日の筋肉痛がこわいですが…。



【セットリスト】

1. BANG THE BEAT
2. Doppelgänger
3. PARACHUTE
4. WILD AT NIGHT
5. Girls Be Glamourous
6. COOL
7. CALLING
8. たどりついたらいつも雨ふり
9. TRUE BELIEVER
10. IF YOU WANT
11. 魂を抱いてくれ
12. STRANGER
13. ONE LIFE
14. IN THE NUDE〜Even not in the mood〜
15. WARRIORS
16. Weekend Shuffle
17. LOVE & GAME
18. DRIVE
19. WILD ROMANCE

(Encore)

1. North of Eden
2. The Sun Also Rises
3. KISS ME

(Encore 2)

1. JEALOUSYを眠らせて
2. SUMMER GAME
3. ANGEL

高畑勲監督『かぐや姫の物語』


かぐや姫の物語 ビジュアルガイド (アニメ関係単行本)かぐや姫の物語 ビジュアルガイド (アニメ関係単行本)
(2013/11/21)
スタジオジブリ

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姫の犯した罪と罰。

映画のキャッチコピーとなったこのキーワード。
それについて、本編のなかで直接にふれられることはありませんでしたが、
『竹取物語』の原文には、月からの使者が翁にいうセリフで、こうあります。

「かぐや姫は、罪をつくりたまへりければ、
 かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。
 罪のかぎり果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く。能はぬことなり」


姫さまは(月の世界で)罪をおかしてしまわれたので、
下賎なおまえのもとに、しばらくいらっしゃることになったのだ。
その刑期がおわったので、このようにおむかえにきたのに、
おまえは泣いてかなしんでいる。
(姫さまを地球にとどめおくことは)できないことなのだ。

つまり、
月にかえることで、翁や媼らとかなしいわかれを体験することが罰なのではなく、
地球上にいることのほうが、かぐや姫にとっての罰であった、ということ。

クライマックス、かぐや姫をむかえにきた月のひとびとは、
どんちゃんさわぎのような、たのしい音楽にのってくりだしてきますが、
(まさか上々颱風の演奏ではあるまいか、と一瞬おもってしまいました)
その顔にはなんらの表情もうかべず、能面のよう。
ひとを愛するよろこびにも、ひととわかれるかなしみにも、
いっさいくるしむことのない、こころやすらかな世界の住人たち。

それにくらべて、このシーンにいたるまでの約2時間、
かぐや姫がスクリーンでみせた言動の、なんといきいきとしたことか。
「鳥 虫 けもの 草 木 花」をみつけてはよろこび、
いきどおりのこころを体現するかのように、風よりもはやくかけだし、
じぶんのおもいつきで他人を不幸にしてしまったことを後悔して泣き、
媼とともに機織りをしたり、庭をいっしょに見たりして、おだやかな顔をみせ。

そうした喜怒哀楽はどれも、かぐや姫が月にいたままでは、
決して体験することができなかったものです。
月の住人たちからすれば、そうした地球の人間の言動すべてが、
とてもけがらわしい、かかわりたくないものにみえたのでしょう。
そんなけがらわしい地球に、あろうことか、姫さまはあこがれてしまった。

かぐや姫のおかした罪とは、
「地球にいきたい(行きたい/生きたい)」とねがってしまったこと。
かぐや姫にあたえられた罰とは、
「ならばそのけがらわしい地球でせいぜいくるしんでくるがいい」ということ。

パンフレットにおさめられた、高畑勲監督の企画書をよむと、
おおよそこういうことではないかとおもわれます。
企画書には、かなりこまかなこともかかれていますので、
さきに設定を知っておきたいかたは、映画を見るまえに、
ネタバレは知りたくないというかたは、映画を見たあとに読まれますよう。

「わたしはなにをしてきたのでしょう…」
翁と媼にじぶんの正体をあかしたかぐや姫のセリフです。
ふたりとのわかれがかなしいのも、もちろんあるでしょうが、
さらに、じぶんがあこがれたこの地球で、
そのうつくしさをしっかりととらえて、ねがったようにすごしてきたのだろうか、
いいやとてもそうはいえない…と後悔してのことばでもありましょう。

かぐや姫が、天の羽衣を身にまとった瞬間、
地球での記憶はすべてきえさり、月の住人の顔になります。
生きるよろこびもかなしみもない世界の住人。
地球=「生」、月=「死」、の象徴であると見れば、
じぶんの余命をしった人間がどういう思いになるのか、が、
終盤のかぐや姫のすがたにあらわれているともいえます。
じぶんは精一杯生きてきたのだろうか、このまま死んでいいのか…と。

でも、映画を見ているぼくたちは知っています。
たとえ聖人君子でなくたって、絶世の美女であろうがあるまいが、
かぐや姫が、人間のよろこびもかなしみもその身にそそぎこんで、
ひとりの人間として、いきいきと生きてきたことを。

ラストシーン、月にかえっていくかぐや姫は、
一瞬だけ地球をふりかえります。
じぶんのむねにわきおこる、ことばにできないこの感情は、いったい何なのか。
記憶をなくしても、思いは(歌になって)のこっているのか。

おぼえていてほしい。
わすれないでいてほしい。
それは、かぐや姫の帰還をみおくる(≒死者をとむらう)翁や媼、
そして観客であるぼくたちの、身勝手な解釈、ワガママなのかもしれません。

それでも、そうした「けがらわしい」感情をもひっくるめて、
それこそが地球に生きる人間のありかたなのだ、と、
地球にあこがれたかぐや姫にいわれているような、そんな印象をもちました。

パンフレット、プロダクションノートより。

プレスコ当時、地井(武男)さんは台本を読んですぐに高畑監督に質問した。
「高畑監督、これは地球を否定する映画なんですか?」
すかさず高畑監督は
「まったく逆です。これは地球を肯定する映画なんです」と応じた。
その後、その答えに安心してか、
70歳近い声優初心者は楽しそうにプレスコを続けたという。


翁役、地井武男さんの第一声がながれてきた瞬間、
映画がはじまったばかりなのに、こらえきれず、おもわず涙が。

どうか地井さんも、この映画をたのしんで見てほしい。
生きているぼくの身勝手なのぞみですが、そうおもわずにいられません。



以下、箇条書きで。

◯こんな作画してたら、そりゃ完成まで8年もかかるはずだ…。
 高畑監督のこだわり…というか狂気が、そこかしこからにじみ出ている。

◯時代背景や当時の習慣・風俗などを徹底的にリサーチするのだけど、
 その成果を「どうだすごいだろう」と前面におしだすのでなく、
 絵物語のように、やわらかな感じで表現するという方法。
 そのまんま継承したら、納期までに作品が完成しないことうけあいだけど、
 リアル第一主義におちいらないというのは、大事なことかも。

◯女童(めのわらわ)、愛嬌があるわ気がきくわラストでたよりになるわ、
 「なにこの子、持って帰りたい!」とおもうほどに萌え。
 物販で女童のコインケースや巾着が展開されているのもうなづける。
 演じているのは田畑智子さん。へー、気づかなかった。

◯家庭教師の相模(さがみ)役は、高畑淳子さん。
 いつもはニコニコ動画で、毎週マリバロンさまとして見ているのだけど、
 立て板に水というか、よどみないセリフまわしがお見事。
 「…まっ!」「…あっ…」というリアクションで、わらわせてもらいました。

◯車持皇子=橋爪功オンステージに爆笑。さすがです。

◯御門、深夜枠だったらかぐや姫をあのままおしたおして…ゲフンゲフン。
 (それなら「地球にいたくない、死にたい」っておもうよなあ…)

◯137分の長尺が心配だったけど、おわってみれば、なかだるみは感じられず。
 絵に圧倒されたのもあるけれど、やはり役者さんの演技がよかったからか。
 シリアス一辺倒じゃなくて、コメディチックな演出もおおくてたのしかった。

◯加速装置!的に光速で疾走し、大空を自由自在にとびまわるかぐや姫。
 そのつど「夢だったのか…」というフォローがはいるけれど、
 こういうやりたい放題こそが、アニメーションの醍醐味。すばらしい。
 (自転車で空をとぶ『あまちゃん』のアキにもちかいものがあるかな、と)

◯三宅裕司さん、どこに出てたの?全然わからんかった…。

オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督『ダイアナ』


ダイアナ 最後の恋 (竹書房文庫)ダイアナ 最後の恋 (竹書房文庫)
(2013/09/26)
ケイト・スネル

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上記の本は、関係者へのインタビューをもとにして、
おもに1995年〜1997年のダイアナのすがたをつづったノンフィクション。
それをベースにして映画化されたのが本作となります。
監督の作品風にタイトルをつけるなら、
『ダイアナ〜最期の2年間〜』となるでしょうか。

そう、監督は『ヒトラー〜最期の12日間〜』のオリヴァー・ヒルシュビーゲル。
ドイツにおいて、「人間」アドルフ・ヒトラーをえがきだした、あの監督です。
いまやニコニコ動画では「総統閣下シリーズ」として有名で、
映画本編も何度か生放送がおこなわれています。
(例のシーンだけはプレミアム会員のみ、という抜け目ない運営…)

地下においつめられたナチス幹部と兵士たちの閉塞感・絶望感が、
映画全体にただならぬ緊張をもたらしていた『ヒトラー』。
息がつまるほどにせまくるしい、あの地下通路が、
『ダイアナ』では、冒頭とラストで反復されるホテルの廊下となりました。

1997年8月31日。
ドディ・アルファイド氏と一緒にホテルを出るため、支度をしているダイアナ。
携帯電話をチェックするも、声がききたいあいてからの連絡はなし。
その携帯を部屋においたまま、廊下に出てエレベーターにむかいます。
途中、なにか予感があったのか、一瞬うしろをふりかえるダイアナ。
(オープニングでは、ダイアナの顔をうつさないようなカットにして、
 反復されるラストでは、しっかり表情をフォローしているのがうまい)

ここからはなしは2年前、1995年にさかのぼり、
ダイアナ最期の2年間をえがいていきます。
ストーリーは、恋人ドディとの恋愛模様…ではまったくありません。
あの有名な、水着すがたのキスをスクープするシーンもありますが、
ケイト・スネルの著作では、あれはスクープ「された」のではなく、
ダイアナがカメラマンを利用してスクープ「させた」解釈となっています。

(p267)
すなわち、クルーズも最後に近づく頃には、
ダイアナもドディも状況を十分に把握していたということだ。
つまり、二人とも自分たちの関係を世の中に見せびらかしたがっていたわけだ―
ただし、まったく別の理由で!
ドディは自分が世界一有名な女性と付き合っていることと、
父親の望みを叶えたことを世間に自慢したがっていた。
そしてダイアナは、まったく別の個人的な理由から。


(p268)
つまりダイアナには、明らかにこれらの写真を撮らせる動機があったのだ。
タイミングから考えて、その理由はひとつしか見当たらない。
ハスナット・カーンの本音を引き出し、彼を取り戻すことだ。


ハスナット・カーン氏。
いまも現役の外科医としてはたらく、ダイアナのかつての恋人。

世界一有名なセレブリティの女性と、医療現場ではたらく仕事熱心な一般男性。
彼女は、自分にむけられる好奇の視線と、ときにたたかい、ときに利用し。
彼氏は、目立たず平凡に生活したいだけで、その視線にはたえられない。
たがいに尊敬し、理解し、つよく惹かれあっているのに、
彼女がプリンセスであるというそのことが、おおきな壁となってたちふさがる。

あらすじだけよめば、どこにでもあるベタな少女マンガのような展開ですが、
これがホントにあったことだというのだから、事実は小説より奇なり。
ホレた男のために、もてなし用の料理をおそわったり、
ふだんはまったくきかないジャズ(ハスナットの趣味)について勉強したり。
このまますぐにアニメのヒロインになれそうです。

病院で出あってからずっと、ダイアナはハスナットに一途で、
それは(おそらく激情に駆られて)わかればなしをしたあともかわらず。
一回破局しただけで、恋愛マンガが最終回になるはずありませんものね。

あいてのこころをもう一度じぶんにむけさせるには、
つよい嫉妬心をおこさせることが必要であり、
そのためのいわばアテ馬がドディであった、ということになります。
好きな男をふりむかせるためなら、
じぶんを好きな男も、むらがるマスコミも、いくらでも利用するぞ、と。

車の窓ガラスをバンバンたたいて、ダイアナの顔を出させようとしたり、
ハスナットに会いにいった深夜の病院で、勝手にダイアナの写真を撮ったり。
クルーザーでくつろぐダイアナをねらうカメラが、
アングルによって、まるで大砲の筒のように見えます。

前述のスクープ写真を撮らせるために、みずから情報をリークしたほか、
記者から携帯をとりあげて、上司と直接ハナシをつけるなど、
ながくマスコミと対峙してきたダイアナは、あしらいかたもさすがです。
しかし、カメラのまえでは堂々とうけこたえをしていても、
そこから解放されると、つかれた表情を見せたり、
一個小隊のようなカメラの集中砲火にあってショッピングもままならず、
ダッシュで逃げだしたりする描写もあります。

一連のマスコミやパパラッチとのシーンでおもいおこされたのが、
藤圭子さんが亡くなったあとの、宇多田ヒカルさんに対するマスコミの問題でした。
ご本人のツイートはTogetterにまとめられていますが、
「宇多田ヒカルさんがつぶやいたメディアスクラムの実態」
こうした問題は洋の東西をとわず、いまもかわっていないのですね。

他人のプライベートをのぞき見したいというデバガメ根性が、
じぶんにはない!といいきれるものでは決してありませんが、しかし、
だれがぼくのくだらない根性の代役をアンタにたのんだよ、ってハナシです。
メディア自身が「彼女の私生活をぜんぶのぞきたい!」と宣言するならともかく、
勝手にぼくの代弁者になってくれるなよ。

ちなみに実在のハスナット氏は、マスコミへのインタビューには一切応じず、
本作の脚本コンサルタントを依頼されても、ことわったとのこと。
愛するひととの記憶を、黙して語らず。
そうしたひととなりに、ダイアナも惹かれたのでしょう。

最初にふれた、あの豪華なホテルの廊下が、せまく息ぐるしく感じたのは、
ハスナットとの関係がいきづまっていることもあったでしょうが、
ホテルのまえでまちかまえているマスコミからのプレッシャーも原因でしょう。
即興・機転・ユーモアで対応しながらも、いまにもおしつぶされそうなそのすがた。

メインはあくまで、ダイアナとハスナットの秘められた恋愛ですから、
デートムービーとしてもちゃんと機能しているとおもいます。
と同時に、こうしたマスコミスクラムの問題についてかんがえたり、
地雷廃絶キャンペーンなど、彼女の人道支援活動をふりかえったりもできますね。

そうそう、地雷廃絶キャンペーンといえば、
ダイアナの死の4年後、2001年に日本では「地雷ZEROキャンペーン」があり、
キャンペーン・ソング「ZERO LANDMINE」制作を主導したのが、
ワーナーミュージック時代の教授、坂本龍一氏でした。

TBSでのスタジオライブでは、演奏に細野晴臣・高橋幸宏両氏も参加し、
「おおお、YMOだ!」と興奮したのをおぼえています。
この共演にいたるまでの、3人の複雑な心境を知るのは、もっとあとになってから。
ああ、このダイアナの活動がここにつながってくるのか…と、
個人的にもグッとくるところのある作品でした。

…えっ、吹替版には、てらそままさき!飛田展男!二又一成!
しまった、それならそっちでもよかったか…。

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