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『「しあわせのパン」の季節』


しあわせのパンの季節しあわせのパンの季節
(2012/01/21)
不明

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表紙にひとめぼれして、おもわずてにとってしまいました。
大自然をみわたすテラスで、大泉洋の散髪をする原田知世。
「ちょ、そこかわれ」とおもった男性もおおいことでしょう。
ええ、ぼくもそのひとりですとも。

北海道・月浦を舞台にした映画の写真集。
ほんとにうつくしい、キレイ、そういうありきたりなことばしかでてきません。
前述の散髪シーン、洋さんのインタビューによると、
もともと台本にはなかったものだそうで。

(p71)
何かのきっかけで、「なんとなくこの二人って、自分たちで髪を切っていそうですよね」
って話になったんですよ。
「自分たちで髪を切っているシーンがあってもかわいいですよね」なんて。
その話を、知世さんが監督に伝えたんですね。
それから監督が、テラスで〈りえさん〉が〈水縞くん〉の髪を切っているという、
台本にはないシーンを追加で入れたんです。
映画の最後のほうに出てくるんですが、とてもきれいなシーンになっていました。


役者どうしではなしをふくらませたことから、予定外の場面がつくられ、
それがこうして書籍のキービジュアルになるのだから、おもしろいものです。
こういう偶然をひきこめるのも、映画のちからなのでしょうね。

春夏秋冬、四季おりおりの自然がおりなす風景のなか、
みずうみのほとりでパンカフェをいとなむ夫婦。
その生活のようすが、写真になっておさめられています。
木造の調度品、新鮮な野菜、あたたかそうな料理のかずかず。
ながめているだけで、ほっこりとした、しあわせな気分になれます。

本書には、映画のシナリオも収録されているのですが、
じつはまだよんでいません。
一緒に小説版もかったのですが、これまた未読のまま。
できるなら、映画本編を新鮮なきもちでみたいから、しばらくガマン…。
とおもっていたのですが、四国で公開する劇場がないなんて!
県外にでるか、DVD化をまつか、それともさきにシナリオをよむか…ううむ。

それよりなによりとにもかくにも、原田知世さんのかわいさたるや!
イヤ、「かわいい」だとグラビアアイドル的な形容詞になってしまうかも。
でも、うーん…やっぱり「かわいい」しかないんですよねえ。
ふたたび洋さんのインタビューより。

(p72〜73)
なにしろ知世さんは、何をやってもかわいいですからね。
知世さんが料理を出す、その手を見てプロデューサーが「……かわいい」と(笑)。
知世さんがこちらに向かって歩いてくる足元を見て「かわいい!」。

僕は本気で思うんですが、あの方は天使、あるいは妖精ですよ。
ここまでの人は見たことがないですね。
いるだけで周りを幸せにするというか、あったかい空気をいるだけでもたらす人。

ありがたいことに、このところ僕は忙しくずっと働いてきたから、
神様がごほうびをくれたんじゃないかと思っていますね。
「お前さん、よく頑張ったな」と、
原田知世という天使を下界に降ろしてくれたんじゃないかなって、
僕は本気で思っています(笑)。


天使説、異議なし!
ほほえみをたたえながら、カフェではたらく知世さん。
日のひかりのもとで、じつにしあわせそうなたたずまいをみせる…のですが、
夜のくらがりのなかでは、なにごとかむねにひめたような、かげりのある表情も。
知世さんのインタビュー。

(p65)
〈りえさん〉本人は普通に楽しく、いつも通りに〈水縞くん〉と栗を拾ったり、
自転車に乗ったり、という感覚なのかもしれないけれど、
ほんの少し、心の陰っている部分が見えてしまうことがある。
それ以降は、お日様にちょっと雲がかかるような、
いつも快晴ではなくて、ときおり心が曇っている、
そういう〈りえさん〉をいろんなシーンで散りばめていったんですね。


ただたのしいだけ、きれいなだけの映画というわけではなさそうです。
やさしいきもちになって、そしてかんがえていきたいこと。
三島有紀子監督は、それを "share" ということばであらわしています。

(p2)
そしてこの映画の仕上げ中に東日本大震災が起こりました。
自分自身、阪神淡路大震災を経験してドキュメンタリー制作を通じて感じたこと、
いまの日本に生きるすべての人に伝えたいことを《ひとつだけ》こめようと
あらためて全員で話し合いました。

それはすべてにおいての "share" という考え方です。


わけあたえること。
この映画のように、おいしいパンをたべて、おいしいコーヒーをのんで、
しあわせをわけあたえてもらうことも、もちろんあるでしょう。
(ストーリーしらないけど、そういうはなしですよね、たぶん)
あるいは、ソーシャルメディアをつかった、情報のシェアもあるでしょう。

しあわせな気分を、ほかのだれかとわけあうこと。
情報をひとりじめせずに、有効に活用するためにわけあうこと。
ちょっと強引な連想ですが、そういうメッセージもあるだろうと、
勝手に解釈してみました。
映画本編がたのしみ…なんだけど、いつみられることやら…。

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Arielle Nadel『365 Days of Danboard』


365 Days of Danboard365 Days of Danboard
(2011/10/27)
アリエル ナデル

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かわいいかわいいかわいい!

アイドルの写真集にはまったく食指がうごかないぼくですが、
これは書店で見たとたんに、手にとっていました。
まったくの無生物に、これほどいのちをそそぎこめるとは。

このちっこいロボットみたいなのは、ダンボー。
もとは、あずまきよひこ『よつばと!』5巻で、小学生のえなとみうらが、
なつやすみの自由研究でつくった、ダンボール製のきぐるみです。
なかにみうらがはいっているので、たかさは1m30〜40cmくらいでしょうか。

みうらがはいっている状態のときに、部屋にはいってきたよつば。
「……ろぼっとですか?」
それにのって、ロボットのフリをするみうら。
「私はお金で動く」
「あっつう〜もう脱いでいいかな?」

おいおい。

このダンボーを海洋堂がリボルテックにして販売。
さらには、アマゾンボックスバージョンもでています。
いいなあ、これ買ってしまおうか。

このリボルテックダンボーをつかって、
見るひとのこころをわしづかみにするキュートな写真を撮っていたのが、
アメリカの新鋭写真家・Arielle Nadel、19歳。
flickrで「365 Days of Danboard」のタイトルで、連作を発表していました。

どこだかの掲示板で、この作品群を目にしたおぼえがありました。
こんなにユーモラスで、ジーンとくる写真を撮ることができるのか!
しかもアメリカで!

顔には、◯2つと△1つのあながあいているだけ(ただし目はひかります)。
ひじ・ひざはまがらず。
うごきに制限があるもので、これほどのものができるなんて。

ひとりからふたりへ、3人へ。
ページをめくるたびに、あたまのなかにことばが、音楽がうかんできます。
いつまでも見つづけていたい、しあわせな光景。

じぶんのなかに、こういうものに反応する要素があったことに、おどろきました。
意識的にか無意識か、この手のものには手をだしてきませんでしたが、
なんだかタガがはずれそうです。
というより、じぶんにこどもができたら、ひたすら写真を撮りまくるんだろうな…
と、ありえるやもしれぬ未来のすがたが目にうかんだのでした。

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