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石川知裕『雑巾がけ―小沢一郎という試練』


雑巾がけ: 小沢一郎という試練 (新潮新書)雑巾がけ: 小沢一郎という試練 (新潮新書)
(2012/04/17)
石川 知裕

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1年前に刊行された『悪党―小沢一郎に仕えて』をさきによんでいたので、
おおくは前著とカブるんじゃないかな、と予想していました。
今回は新書ということで、一気によみおえやすいボリューム。
メインとなる、秘書時代をつづった「わが『雑巾がけ』の日々」の章は、
『悪党』でよんだことのあるエピソードもそこここにありますが、
時系列順にまとめられて、あたまにはいりやすい印象です。

(p7)
「いまの民主党の欠陥は、俗に言う『雑巾がけ』、
 基礎的な鍛錬、基礎的な勉強をしないで偉くなっちゃったヤツばっかなんだよ。
 だから危機が起きるとどうしたらいいかわからなくなるんだよ。
 基礎的な勉強を積み、経験を積み、知識を積み、
 そしてこういう時はこう、ああいう時はこうと、
 自分の価値判断基準、政策判断の基準っつうのが自然と作られてくる。
 それがピョンと偉くなっちまったもんだから」


という小沢一郎氏のことばが、本書のタイトルの由来です。
「なんでいまさらそんなことを」というような初歩的なことをおろそかにしないこと。
それが、いざというときの胆力につながります。

おもしろかったのは、オマケ的につけられた「これから修行する人へ」の章。
政治家の秘書、若手スタッフ、後輩議員へむけたアドバイス集なのですが、
これは社会人であれば普遍的に通用する、かなり具体的な指南書だとおもいます。
この章の項目をぬきだしてみましょう。

1 電話を怖がるな
2 報告の順番を間違えない
3 物の頼み方、頼まれ方
4 スピーチでは感謝の気持ちを忘れない
5 礼儀は大切
6 上手な怒られ方
7 駄目な先輩との接し方
8 美味しい話は滅多にない
9 意見をどう言うか
10 政局に予定は入れない
11 「抜き」の時間を作る
12 本は読めるときに読む
13 敵味方は流動的なものである


あたりまえといわれれば、あたりまえのことばかりといわれるでしょうが、
こういう基本のキというのは、新入社員にはとてもありがたいもの。
なおかつ、あるていど経験をつんだひとであっても、
「初心わすれるべからず」ということで、つねにこころしておきたいところ。
ぼくもかなり勉強になりました。まだまだヒヨッコだなあ。

(p158)
よく、「報告はなるべく早く」と言われる。
これは一般論としては正しいけれども、現実の場面では必ずしもそうではない。
特に若い人は「忘れたらどうしよう」という不安もあるから、
自分で溜めておくことができず、なるべく早く何でも吐き出そうとするのだ。
しかし、これはその人の都合に過ぎない。
聞かされた方からすれば、
「その話、今聞いても仕方がないんだから、週明けに言ってくれたらよかったのに」
ということもある。


これは、いたいところをつかれました。
ためておけない、というのはまさにそうで、はやく楽になりたいわけです。
とりあえずじぶんの「きいて、つたえる」責任を、なるべくはやくおわらせたい。
だからといって、ためこんでおくばかりではパンクしますから、
ころあいをみはからう、ということがだいじなのですね。

(p178)
余談だが、菅直人さんは、
首相に就任した際に3か月先までのカレンダーしか壁に貼っておらず。
それを見た人は「この内閣は短命に終わるのでは」と感じたという。
野田さんは6か月先まで貼っているそうだ。
私の場合は、事務所に1年分のカレンダー、12枚を常に壁に貼る様にしている。


短期間の予定しか目にはいらないと、
じぶんのかんがえかたも、おのずと近視眼的になってしまうのでしょうか。
もっとながい、おおきなスパンでものごとをかんがえられるようにする工夫ですね。
そうか、さきに12か月分ビリっとやぶっておくという方法もあるわけだ。
これ、職場でやってみましょうか。

(p182)
私は今でもできるだけ移動は車ではなく鉄道を使い、その時間に本を読むようにしたり、
事務所や家では仕事や誘惑も多いので、
集中しなくてはならない時は近所の喫茶店に行くという風に自分なりの工夫はしているが、
それでもやはり社会人になってからの努力では限界がある。
そしてまた「もっと学生時代に勉強しておけば」と同じ後悔をするのである。


こういうはなし、どこかできいたとおもったら、
原尻淳一×小山龍介『ライフハック!カタログ』でも「時間管理」の項で、
「駅の近くに勉強の『基地』を確保する」というのがありました。

(p44)
無理に家で勉強などしないでください。
ではどうするかというと、会社から真っすぐ家には帰らない。
勉強道具を鞄に忍ばせておき、自宅近くの駅に着いたら、カフェに入る。
そしてコーヒーを飲みながら1時間、勉強時間を確保してしまうのです。
家で誘惑の材料と格闘しながら勉強する1時間とは比較にならない、
集中力の高い時間が得られます。


ぼくは本をよんでいると、
「ここでかいてあること、どこかににたようなことがあったなあ」とおもったら、
じぶんの本棚からあれこれひっぱりだして、よみくらべるクセがあります。
カフェではそれができないなあ、とおもっていたのですが、
「だったら自炊してPDFにしたら?」とセルフツッコミをうけて、いま検討中です。
そうなるとスキャナーとiPadがいるからなあ…。

とはいえ、しごとがえりにカフェで時間をつくるのはアリですね。
たまにカフェでTogetterのまとめ作業をするのですが、新鮮な気分になれます。
最近ブログの更新もとどこおりがちだし、ひとつやってみようとおもいます。

小沢一郎氏のエピソードもおもしろい(意外と天然とか、やっぱり頑固とか)ですが、
それよりもぼくとしては、社会人一年生のためのライフハック書だと感じました。
じぶんにとりいれられるものが、まだまだありそうです。

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藤沢数希『「反原発」の不都合な真実』


「反原発」の不都合な真実 (新潮新書)「反原発」の不都合な真実 (新潮新書)
(2012/02/17)
藤沢 数希

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どういう点が『「反原発」の不都合な真実』なのか。
各章の小見出しをひろって、ざっとあげてみます。

・太陽光や風力でも犠牲者は出る
・火力発電では1TWh当たり平均21人が死亡
・原子力発電では1TWh当たり0.03人
・原発ゼロによる大気汚染
・原発ゼロだと日本で毎年3000人以上死亡

・高放射線地域で健康被害なし

・自然エネルギーも環境破壊する
・自然エネルギーは大量の土地を必要とする
・天気まかせの不安定な発電
・自然エネルギーは補助金ビジネス

・電気自動車は原発なしには普及しない
・いつか枯渇する化石燃料

・脱原発のコストは燃料費だけで年間4兆円

・ビル・ゲイツは自然エネルギーに否定的
・ダライ・ラマも脱原発に反対
・開発が進む次世代原子炉


個々の問題提起についての詳細は、本書を参考に。
こうしたツッコミをうけて、ではどうすれば「反原発」を現実的にできるか、
国内外のさまざまな例をみて、かんがえていくのもおもしろいですね。

ひとつだけ、たまたまきょうみた記事のなかから。

小寺信良のEnergy Future (14)
「より多くの電力を得るには―変換効率だけではない太陽電池」


コスト問題にも注目し、その技術でもとがとれるのか、についてもかかれています。
その技術を、現実の企業が運用できるか、かけた投資を回収できるか、もだいじなこと。
決して夢見話でおわるのでなく、欠陥・弱点もきちんと把握して、
よりよい方向にむかうよう期待したいし、できることはちからになりたいですね。

あ、もうひとつ。直接「反原発」とはかかわりないのですが、
地震がおきても高層ビルはだいじょうぶというはなしについて。

(p154)
日本のような地震国では、
地震そのものに対するテクノロジーというのはものすごく発達しています。
東京ではあれほど超高層ビルが林立していますが、
あの程度の地震ではまったく何ともありません。


2月13日放送の、NHKクローズアップ現代「建物に潜む未知の揺れ」より。
東日本大震災時、大阪は震度3だったにもかかわらず、咲洲庁舎があちこち損傷しました。
建物と地盤のゆれる周期が一致する「共振」が発生したためとのこと。
「共振」はぼくもはじめてしったのですが、建築基準法でも想定していなかったみたい。
こうしたあたらしい知見も、地震大国日本として十分にいかしたいものです。

本書のなかで、おおきくうなづけたのは、この文章。

(p4)
エネルギー政策というのは、
電力会社や石油メジャー、国家の安全保障問題など、さまざまな利害関係が交錯し、
建前と本音が全く違う世界です。


もはや「こっちのほうがエネルギー効率がいいから」というだけでは、
エネルギー問題をかたることはできないということ。
さまざまな側面からこの問題についてかたる必要があり、
実際に、エネルギーが専門ではないひとびとから、こえがあがりはじめました。

本書の著者は、科学、経済学、リスク分析の専門家として、問題をかたっています。
コストやリスク比較の観点からの思考であり、視点がかわってみえてきます。
それ以外の視点も、もちろん必要です。
たとえば政治・歴史・メディアについては、有馬哲夫『原発・正力・CIA』
原発建設地の町の実態については、鎌田慧『日本の原発危険地帯』などがあります。

じぶんの視野がせまくならないように、
意見がちがうひと、しらない分野のひとのはなしをきくのも、必要なことです。
「複眼的思考」というのでしたっけ。
そういう思考のありかたを、みにつけておきたいな、と。

上杉隆『新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか』


新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか (PHP新書)新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか (PHP新書)
(2012/02/15)
上杉 隆

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書名のナゾに対するこたえのひとつは、
本書にでてくる記者クラブ関係者たちが、現場にいないことがあげられます。
その場にいないのに、安楽椅子探偵のごとくご高説を開陳するマスメディア人。

(p26)
さて、「思考停止」の記者たちが書いたメモが、
仮にあるデスクが4人の部下を抱えていたとすれば、その4人から継続的に届く。
それを見ながらデスクは記事を書くわけだが、
彼自身は現場に行っていないから、その記事には現場感がない。
だから、日本の新聞やテレビには、
そうした意味での飛ばし記事や間違いが増えることになる。


(p28)
取材の現場にいなかったデスクからしてみれば、
「★」があるとないとでは、わかりやすさがまったく違ってくる。
そこで印をつけてくる記者には「おまえ、いいメモを上げるな」、
逆に何もついていないと
「もう少しわかりやすく書けないのか。どこがポイントなのかわからないんだよ」
となることが容易に想像できるだろう。


したっぱの記者たちがもってくる取材メモ。
その段階で、すでに記者によって最初の「編集」がなされています。
当人に悪意があるとかいうことではなく、あくまでもその人物からみた内容になるという。
じかに現場をみて、きいて、感じとった人間が記事をかくのではなく、
ナマの情報にまったく接していない上司が、編集された情報をさらに編集する。

(日本の)新聞やテレビ局の記者のしごとが、
じぶんのあしで情報をしいれて記事をかくことだとおもっていましたが、
それはドラマのみすぎ、幻想であることを、本書はおしえてくれます。
取材対象者の発言をひたすらメモし、その記録をデスクにわたすこと。
大事なニュースをおとすことのないよう、各社が協力しながら。

そうしてかかれた記事を批判しようとしても、
「◯◯記者がかいた記事のなかの〜」と言及することが、なかなかできません。
たいていの記事は無記名であり、「△△新聞の記事の〜」というかきかたになります。
よしんば記名記事であっても、一から十までその人物がかいたものかは、はたして。

現場にいないといえば、東日本大震災における避難地域について。
原発事故のあと、福島第一原発から半径20km圏内は避難区域となり、
20〜30km圏内の住民には自主避難がすすめられました。
このころ、ビデオジャーナリストの神保哲生氏が20km圏内にはいって撮影し、
その映像を公開しています(ぼくもニコニコ生放送でみました)。
おなじころ、マスメディアはどうしていたかというと。

(p72〜73)
じつは既存メディアには、放射能事故が起きたときに
「この圏内に入ってはいけない」という内規がある。
時事通信社は60km、朝日新聞社や民放各局は50km、NHKは40km。
つまり、政府発表の「避難区域は20km圏内」、
よって、それ以外の地域は安全だと報じておきながら、
既存メディアの記者たち自身は、実際にはその地域に入っていなかったのだ。

たとえば、半径20〜40km圏内に住む被災者は、
NHKの記者に「周辺の様子をビデオに撮ってきてくれ」と頼まれた。
撮影したのちに連絡したところ、取りにくるのかと思いきや、
「もってきてください。ぼくたちはそこに入れないんです」と言われたという。
彼らが激怒したことは、言うまでもない。


じぶんの目で現状をみたうえで「ここは安全だ」と報じるのならともかく、
ナマの情報をひとまかせにして、そのうわまえをはねるようなマネをするとは。
社会の公器でもって文章をかく(ためのメモをつくる)人間が、
現場にいけずメディアにたよる一般人とおなじ態度でどうするか、というはなしです。

もうひとつ、自由報道協会の記者会見について。
自由報道協会主催の記者会見は、ニコニコ生放送のコンテンツでもあり、
参加している記者個人がUSTREAM中継もしています(岩上安身氏、畠山理仁氏など)。
記者の質問内容にいたるまで、すべてノーカット・編集なしの生中継。
身元証明さえすれば、だれでも会見場で質問ができる場ですが、こういう批判が。

(p114〜115)
自由報道協会で小沢氏の会見を実施した際、
テレビコメンテーターで元読売テレビ報道局解説委員長の辛坊治郎氏は、
「自由報道協会は甘い質問ばかりする!」とかみついた。

(中略)
ジャーナリストの江川紹子氏はそれを受けて、
「自由報道協会の会見は大メディア記者も辛坊さんも出られるので、
 来られて熱い質問でも冷たい質問でもすればよろし」とツイッターで述べた。
既存メディアのなかでポジションを確立した人物ほど、
会見には来ない「スタジオ弁慶」になりがちで、現場の雰囲気を知らない者が多い。
辛坊氏の批判は、その典型だといえるだろう。


そう、じぶんから発言をもとめに、現場にやってくればすむはなしなのですよね。
「いそがしいから」とか「そういう立場にない」とかいうのでしょうが、
そんなもの、真実を追求するというジャーナリストさまなら、なんとでもなりましょうに。

ジャーナリズムの世界にいない、ごくふつうの一般人のなかに、
じぶんで線量を計測して公開したり、地方議会の議員にはなしをききにいったり、
そういうナマの情報をもとめてうごいているひとたちが、たくさんいます。
伝聞情報でもネットのうわさばなしでもない、信頼のおける第一次情報です。
いまの新聞・テレビは、そのひとたちの活動にもおとるということでしょうか。

このような時代に、どうやって情報と接すればよいのか。
さいごの第7章において、いくつか方法がしめされていますので、参考までに。

(p172)
…たとえば、みずからが目にした確実な情報は「100%」、
確実な人物から聞いた情報なら「70%」、ウワサ段階では「20%」といった具合に
「濃淡」を記す。
そうすることで受け取る側も、その信頼度を測りやすくなる。


(p174)
自分に否定的な情報をより多くキュレーションするように心がけるのだ。
たとえば〈B〉
(右派傾向。引用者注)なら、
より左派傾向の意見を取り上げるようにすれば、
相対的に健全なキュレーターになるだろう。


(p176)
…どちらの意見を採用するかを決めるのではなく、一つひとつの論点を吟味すること。
「この点はこちらに賛成。しかし、この点についてはもう一方に賛成」といった具合に。


「新聞にかいているからホント」「テレビでいっていたからホント」という時代は、
とっくにおわってしまったといえます。
どの情報がホントで、どれがウソなのか、個人個人でみきわめなければならない。
まいにちのしごとにおわれる一般人にとっては、キツい作業です。

ならば、だれのはなしを、どこまで信じられるのか、しっかりとかんがえること。
発言している人物の、それまでの活動や発言をよく吟味して、信頼性をはかること。
ツイッターの発言なら、ツイログでさかのぼることができるし、
映像なら、YouTubeやUSTREAMのアーカイブで確認することができます。

情報をうけとるだけでなく、ナマの情報に接して、それを拡散したい。
そういうおもいで、IWJの活動に参加しています。
できるだけのことをしたいとおもうので、今後ともよろしくおねがいいたします。

安田節子『自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する』


自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する (平凡社新書)自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する (平凡社新書)
(2009/06)
安田 節子

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IWJ愛媛中継市民として、おしらせ。
2月19日(土)13時よりおこなわれる、安田節子氏の講演会をUSTREAM中継します。
演題は「わが子からはじまる食べものと放射能のはなし」。
くわしくは、愛媛有機農産生協のホームページにて。

その予習として、本書をよんでみました。
グローバル企業によって変容していく農業・食品について、
穀物高値、鳥インフルエンザ、遺伝子特許など、テーマ別にまとめています。

メインタイトルである「自殺する種子」については、第3章。
ぼくがつけた付箋も、この章がいちばんおおくなっています。
本書の編集者も「この章がキモだな」とよみとって、この書名にしたのかも。
(ネーミングのインパクトでヒットをねらった、というのもあるでしょうが)

そもそも「自殺する種子」とは、どういうものか。
この種子をつくる技術を「ターミネーター技術」とよびますが、
これは著者の造語ではなく、公的な機関が名づけたものです。

(p55)
ターミネーター技術とは、
作物に実った二世代目の種には毒ができ、自殺してしまうようにする技術のことです。
この技術を種に施して売れば、農家の自家採種は無意味になり、
毎年種を買わざるを得なくなります。
この自殺種子技術を、「おしまいにする」という意味の英語 terminate から、
RAFIがターミネーター技術と名づけました。


※ RAFI=Rural Advancement Foundation International

でもそれじゃ、種会社も種をつくれないのでは…?
遺伝子くみかえ(GM)綿の場合、綿が生長すると、
種子にくみこまれたプロモーター遺伝子がスイッチとなって、毒素遺伝子を起動します。
これで、採取した種子がぜんぶ死んでしまうわけですが、
じつはプロモーター遺伝子と毒素遺伝子のあいだには、DNAのカケラが挿入されていて、
スイッチがきかないようにブロックしています。
種会社が種子をつくるときは、ブロックした状態のままなので、量産が可能。
農家に販売するときは、ブロックをはずして「自殺する種子」にするわけです。

購入した種から、つぎの収穫のためにつかう種がとれないとなると、
農家はまたあらたに種をかわざるをえなくなります。
種会社にすれば、種を1回うってあとは農家でつくられるよりも、
毎年確実に一定の量がうれる「自殺する種子」のほうが、もうけがはるかにデカい。

当然、そうしたアコギな商売に対して批判がまきおこります。
この業界で有名なのが、アメリカのバイオテクノロジー企業・モンサント社ですが、
最近でもこういうニュースがありました。

時事ドットコム:仏でのGMトウモロコシ種子販売しない=米モンサント

モンサント社は2006年に、ターミネーター技術を開発したD&PL社を買収。
(2007年に司法省が承認)
ひとがたべるためではない綿花で、この技術をつかった種を販売したいのではないか、
と著者はにらんでいます。

モンサント社の種を購入したら、毎年また種をかわなくてはならなくなります。
さらに、モンサント社の種をつかわない農家に対しては、
その農家の畑からモンサント社の特許作物がでたから、賠償金をはらえといってきます。
そんなあぶない種を、わざわざぬすんでまで栽培するモノずきもいないとおもいますが。
おそらくは鳥にくわえられたか、風にのったかじゃないかとおもわれますが、
しかし裁判はことごとくモンサント社が勝訴。

(p63)
この判決の意味するところは、
GM作物の花粉や種子が、風や鳥、あるいは蜂や動物に運ばれたとしても、
トラックやコンバインからこぼれたとしても、遺伝子汚染の経路は問題ではなく、
そこに生えていたその事実が特許侵害に当たるということです。


これに対して2008年9月、カリフォルニア州で、
アグロバイオ企業から農民をまもる法律がつくられています。

タネひとつとっても、これだけのうごきがあることにおどろきです。
本書のほかのテーマについても、こんどの講演会でふれられるでしょうか。
おそらくメインは放射能汚染のことになろうとおもわれますが、
ここにかかれてあることも、最新の事情についてきいてみたいものです。

中川恵一『放射線医が語る被ばくと発がんの真実』


放射線医が語る被ばくと発がんの真実 (ベスト新書)放射線医が語る被ばくと発がんの真実 (ベスト新書)
(2012/01/07)
中川 恵一

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チーム中川のことをしったのは、たしかツイッター上でしたか。
その後、ニコニコ生放送で、津田大介さん司会の特番に出演されていたのを拝見。
その場でも「御用学者」というレッテルについて、発言がなされていたはずです。
本書の出版時、 @team_nakagawa のアカウントでも、このようなツイートが。


team_nakagawa 東大病院放射線治療チーム
「御用学者」、「安全デマ」などの批判は覚悟の上です。
久しぶりのツイートで本の宣伝をしたいのではありません。
多くの方々の不安や疑問に少しでも応え、
これから先へと歩み続けるためのささやかな指針となればと願い、
福島の皆さんに捧げるつもりで書きました。
飯舘村にも寄附したいと思います。
1月6日


「御用学者」というひとことで、きってすてるのは簡単ですが、
そのことばひとつをもって批判とする、というのは思考停止のような気もします。
レッテルをはるだけでは、そこからさきの議論がとまってしまいます。
批判をするときにはすくなくとも、あいてがどういうことをかたっているのか、
正確なところをしることが必要になるはずです。

さて、本書の内容について。

(p7)
私は、東京大学医学部附属病院の放射線科で、
27年にわたって放射線医としてがん患者の治療に携わってきました。
放射線についての不安とは、
つまり発がんリスクがどれくらい上がるか、ということでしょう。
私は、放射線医としての長年の経験を通して、放射線被ばくと発がんの関係について、
できるだけわかりやすく、具体的にご説明したいと思います。


タイトルどおり、専門分野である放射線とがんのことを中心にまとめています。
専門用語もありますが、文章はいたって平易で、のみこみやすいものです。
もくじは以下のとおり(小見出しはのぞきます)。

第1章 放射線の真実
(1)放射性物質の正体とリスク
(2)内部被ばくの真実
第2章 発がんリスクの真実
(1)発がんの原因とは
(2)がんを防ぐためには
第3章 広島・長崎の真実
(1)広島・長崎のデータが語ること
(2)被爆都市のもうひとつの真実
第4章 チェルノブイリの真実
(1)事故の概要
(2)チェルノブイリの教訓
第5章 放射線の「国際基準」とは
(1)放射線被ばく問題にかかわる国際組織
(2)被ばくから人々を守るための国際ルール
第6章 福島のいま、そしてこれから
(1)福島の現状
(2)飯舘村を訪ねる
第7章 非常時における被ばく対策
第8章 「被ばくと発がん」の疑問・不安に答える


本文中、重要なポイントはゴシック体で表記されています。
(この本だけ?それともベスト新書はすべてそうなっているのかな?)
このあたりの結論になるところが、論点になろうかと。
すべてを引用するのはホネですが、いくつかあげてみます。

(p28)
今、論争になっているのが、
いわゆる「100ミリシーベルト以下の被ばくをどうみるか」ということです。
私は、100ミリシーベルト以下だと発がんリスクはきわめて低い、と申しあげます。


(p42)
人は自然被ばくより少々多く被ばくし、DNAが切断されても
修復機能によって対処できます。
しかし、大量の被ばくになると「同時多発的」にDNAが切断されるため、
修復が間に合わなくなり、細胞は死にはじめます。
つまり放射線を受けたか受けないかではなく、
一度に受けた量によって人体への影響が決まってくるのです。


(p102)
チェルノブイリの被ばく量とはケタが3つ違いますし、
甲状腺の被ばく量として、50ミリシーベルト以下ではがんは増えていません。
「福島で甲状腺がんが増えることはない」といえるでしょう。


(p150)
被ばく線量について新たな発表があるたびに、不安を募らせる方は多いかと思います。
繰り返しますが、100ミリシーベルト以下では発がんのリスクはきわめて低いのです。
ゆえに、私は福島ではがんは増えないと申し上げます。


(p157)
降水量の多い日本でも、大気圏内核実験によるセシウムが土壌に降りましたが、
表層から30cmより深い場所では検出されていません。
つまり、地表を剥ぎ取って、除去する除染をしっかり行えば、
セシウムによる被ばくリスクを効果的に取り去ることができるのです。


(p178)
…1ミリシーベルト以上になると健康被害が生じる、ということはありません。
この数値には、何の科学的根拠もありません。
平時では、自然被ばくと医療被ばく以外の人工的な被ばくを
年間1ミリシーベルト以下にするように法律は定めていますが、
これは、十二分に安全を配慮した上での「ポリシー」なのです。
科学的には、がんの確率が上がるのは
100ミリシーベルト以上の被ばくになってからです。


(p175〜176)
「福島の7人の母親の母乳から1リットル当たり、2〜13ベクレルの放射能が検出された。
 この危険度は?」
→…正確性が疑わしいと思います。その数値に意味があるかも疑問です。
 母子ともに影響はないと申しあげていいでしょう。


(p176〜177)
「生まれてくる子に先天性の異常が多発する?」
→…広島、長崎の調査からも子孫の世代に被ばくの影響が遺伝した例はありません。


ツイッター上でも、日々侃々諤々喧々囂々。
おそらく本書についても、これらに関しての批判・反論がおこるのでしょう。

ちなみに第2章は、放射線のことからはなれて、発がんリスクに関して。
「がんにならないための7原則」がまとめられていますので、参考に。

(p68)
1、タバコは吸わない
2、お酒は1日1合以内
3、野菜中心の変化のある食生活
4、塩分を減らす
5、定期的な運動
6、若い時の体型を維持
7、ウイルスや細菌の感染を防ぐ


1や2はともかく、3以降はちょっと自信が…。
とはいえ、この項目に関しても、もしや反論があるのでしょうか。
健康については、ひとによっていうことがちがうことが多々ありますからねえ。

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