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米沢りか『カツ婚! 恋に喝!編』


カツ婚! 恋に喝!篇 (ワイドKC)カツ婚! 恋に喝!篇 (ワイドKC)
(2012/08/10)
米沢 りか

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『30婚』とかいて「みそこん」とよむのだそうで。
そのタイトルのマンガのスピンオフだそうですが、
そもそもそれをよんだことがなく、まったくのジャケ買いです。
イヤちがう、正確には裏表紙のコピー買い。

男はなぜ
ひき肉料理が好きで、フルーツの皮をむかなくて、
個性的なファッションの女性が嫌いで、
7割くらいの女性とならわりと結婚してもいいと思っていて、
ソファーで眠っているのを起こすと腹を立てて、
サプライズのプレゼントをしたがって、
ペットを飼っている女性を敬遠し、
感情が乱高下する女性をバカにするのか?
この本ですべてわかります!


えっ…お、男ってそういうものなの…?
なにぶんそういうラブ系統の経験値がひくいもので。
いくつか検証してみましょうか。

【男はひき肉料理が好き+フルーツの皮をむかない】

(p27)
「男が好きな料理」とは?
1.女がめんどうな部分を全部やってあげたもの
 ・ひき肉料理 ・フルーツの皮むき
2.未来の健康より、目の前のわかりやすいおいしさ
 ・甘辛くてごはんがすすむ味つけ
〈結論〉男の胃袋をつかむには「甘辛いひき肉料理」これ最強!!


ひき肉は…ああ、たしかにつかわないなあ。
というより最近は、肉そのものを料理につかわない、たべない。
や、べつに「ベジタリアンにおれはなる!」と宣言したわけじゃなく。
飲み会などで肉料理がでたときは、ほどほどにたべていますが、
ふだんじぶんでつくるぶんには、んーいらないなーって感じ。

フルーツは…そういつも買っているわけではないけど、
残留農薬の心配もあるので、リンゴの皮はむいています。
ミカンやナシはじぶんでむきますね。ひとり身だし。

甘辛い料理。
例としては、ハンバーグ、とりだんごなべ、ひき肉とカボチャの煮物。
まあすきっちゃすきだけど、力説してだいすき!というほどかなあ?

「男って味覚が保守的だからな〜」(p24)
あ、それはある。
うまくいった味つけは、極力かえずにつくっていますね、そういえば。
たまにはしょうゆとまちがえてソースをつかって、
サルサ風肉じゃがを開発するような実験をしなきゃダメですかね。

【男はソファーで眠っているのを起こすと腹を立てる】

すみません、ぼくの部屋にソファーなんてハイソなものはないっす…。
それはさておき、このはなしのポイントは、
「男は本当のことを言われるとムッとする/認めない」ということ。

母親が「勉強しなさい」といったために、
「ああもうやる気なくした」という例は、まさにそれ。
「いまやろうと思ってたのに!」ってプチギレした経験ありますよね?
ではなぜ、男はそういう態度をとるのかというと。

(p58)
男は 自分の手間を省いてもらうことで
「愛されている」と思う生き物なんですよ
女が「好き」「あなたがいかに必要か」と言葉で伝えるより
男の手間を省いてあげたほうが 男はなついてくれる

男が「愛されてない」「冷たい」と女に思うのは
自分にかけてくれる手間を省かれた時
気持ちよくうとうとしてるのに「移動しろ」と手間を増やされた
そのせいで認めないんですよ


このポイント、さっきとりあげた、
【男はひき肉料理が好き+フルーツの皮をむかない】と、
リンクしているところですね。
つまり、
男はめんどうなことをしたくない=じぶんの手間をはぶきたい。

こういうふうに本書では、
ひとつのポイントについて1エピソードでおわらせるのでなく、
以前にふれた内容をあとの話数で何度もだしてきて、
「これおしえたよね?おぼえてる?」と復習する構成になっています。

「大事なことなので二回言いました」というアレですね。
(あいだをおいて)くりかえすことで、ただよみとばすのでなく、
要点をしっかりおさえて、よみすすめられるわけです。

オビでは本作を「恋愛レシピ」と形容していますが、
むしろ教科書、というか参考書にちかいかも。
恋愛・結婚のことだけじゃなく、
おおよその人間関係においてもつかえるものがおおいです。

(p110)
友だちでも仕事でも男女でも
「自覚はないのに相手をふきげんにしてしまう」
「よくしてあげてるのに感謝されない」
◯手間をかけてあげるタイミングは合っていたか?
◯手間をかけることより 手間を省いてあげることこそ
 相手の望んでいることではなかったか?


問題を分析し、解決のための最善手をかんがえる。
という姿勢につらぬかれているので、
「男」についてあれこれいわれても、それほど気にはなりません。
分析の目は、読者層である「女」に対してもむけられていますので、
ぼくら男からみると「ほうほうなるほど」という印象。
続刊の予定もあるそうなので、たのしみにまってます。

しかし男って、ガキやねえ…あ、ぼくもだ。

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谷川史子『おひとり様物語』4巻


おひとり様物語(4) (ワイドKC)おひとり様物語(4) (ワイドKC)
(2012/08/10)
谷川 史子

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タイトルどおり「おひとりさま」の女性をえがくオムニバス。
気がつけばもう4巻。
おかげで、書店の少女マンガコーナーにいくのも、なれたものです。

や、こちらも30代おひとりさま(だが男だ)なもので、
女性のことであっても「ああそれはわかる」となるところが、
意外とあれこれあるものなんです。

たとえば24話、再登場となる30歳OL渋澤さん(愛称渋さん)。
実家からひとりだちしたのだけれど、
いまとなっては、つかった食器がシンクにほったらかし。

(p10)
あ〜洗わないと明日の食器ないしな〜
いや 棚に他の食器あるし
明日 朝ごはんのあとまとめて洗えばいっか
うん その分眠って明日元気に会社行く方が大事な気がする


そうそう。
あと、洗濯物って、ハンガーにほしたままになりません?
どうせつかうんだからさー、わざわざたたまなくてもさー、
ほしたままにしとけばパッときられるじゃんかさー。

えー、このように、じぶんに都合のわるい現実に対して、
ムリヤリ理屈をくっつけて、じぶんの行動を正当化することを、
「合理化」といいます。

イヤ、わかっているんです。わかっているんですよ?
でもね、しごとからかえってきたときに、
「はあ〜つかれたあ〜」みたいになるんじゃなくて、
p15の渋さんみたいな、無表情な、さめた表情になることも、
それなりにあるんですよ。

(p15)
えーと…洗濯機はもう夜中だしタイマーで…
そろそろ掃除機もかけなくちゃ
あ お風呂入らなきゃ
あ 食器洗わなきゃ

面倒くさい……


それがしごとのつかれからくるものなのか、
あるいはなにか別の理由からなのかは、断定できないのですが、
こういう、部屋にもどった瞬間の、まったくの素の表情というのは、
うん、たしかに、みにおぼえがあります。

で、この「面倒くさい」が進化すると、
いわゆる「汚部屋」のヌシ、OLの紅葉さん27歳のようになると。
(立木という苗字からして、そこはかとないマダオの気配…)

27話のタイトルページ。
ハンガーにかけっぱなしのくつした。
ゆかにじかおきの、本や雑誌の山。
汚部屋といいますが、なにをいいますやら。
ぼくの部屋にくらべればまだ、ふむゆかがあるだけマシですって。

(p67)
なんていうか エネルギーを全部外で使っちゃうのよね〜
いいよね 誰に迷惑掛けるでなし


ところがどっこい。
会社で気になる男性が、飲み会のかえりに紅葉さんを部屋におくって、
「なんか ちょっとのどが乾いたなあ…」
脈アリじゃないですかチャンス到来じゃないですか。
がしかし、いまのこの部屋に、カレをいれるわけにはいかないっ…。

で、緊急対策として、友人のちからをかりて、
ものおきやベランダに、みせたくないアレやコレやを、
つめてつめてつめてつめてつめてつめてつめてつめて、
「床が見えてまっすぐ歩ける…!!」状態にまで回復したのでした。
その結果、部屋にはいったカレは、
「これから 時々遊びに来てもいいかな…」

恋もしごとも絶好調!
ああなんて世界はうつくしいの…。
となればよかったのですが、
そうはうまくいかないのがマンガの…イヤ世の常。
つめこんだ惨状をみせたくないばかりに、
テキトーにごまかし、しょーもないウソをつき、あわてふためき…。

(p77)
おひとり様が長くて忘れていた
好きという感情で 私は大変身できると いつも思ってしまうんだ

そんな自分を夢見てしまう
でも無理をしすぎて 途中で疲れきってしまうんだ


人間そんなに急には、かわれるもんじゃありませんね。
じぶんを身のたけ以上にみせて、恋人とつきあってみても、
どこかでうまくいかなくなるのもそうだし。

だからといって、このまま自堕落でいいとはおもってなくて。
ちょっとずつ手をとおくにのばしていって、
じぶんのできること、かえられることを、すこしずつふやす。
地味だし時間もかかるけど、それしかないのでしょうね。

とりあえずぼくの場合は、
まず洗濯物をたたむことからはじめたいとおもいました。マル。
…アレ、作文?

青木光恵『洋服を9枚に減らしてみた。―服の賞味期限、見直し大作戦』


洋服を9枚に減らしてみた 服の賞味期限、見直し大作戦洋服を9枚に減らしてみた 服の賞味期限、見直し大作戦
(2011/08/26)
青木光恵

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タンスのこやしになっている衣類、たしかにおおいですねえ。
きなくなった服や下着だけじゃなく、ボロボロになったタオルもあるし。
先日、夏ものをひっぱりだしたときには、Tシャツのヨレヨレぐあいに愕然とするなど。
つかわない衣類のせいで、タンスにあたらしいものがはいらなくなるのは問題です。

そういった、もうぜったいにつかわないアレコレを整理しているさなかに、
なんのめぐりあわせか、たまたまこの本をみかけ、すぐに読了。
なるほど、最小限の枚数できまわすという方法もあるわけか。

オトコの身として、いちばん参考になるのは、作者の夫についての部分。
かれの服の量は、移動型の衣装ケースひとつにはいってしまう程度。
具体的には、

・綿シャツ(長袖/半袖、3〜4枚)
・Tシャツ、靴下、パンツ(数組)
・カーティガン(1枚)
・チノパン(2〜3本)
・フォーマルスーツ(一式)
・ジャンパー


はあ〜、このくらいでいけるもんですか。
職業によりけり、というところがあるとおもいますが、それでもこの量はすごい。
ぼくはスーツをきるしごとなので、
カッターシャツやら下着やらがおおく、なかなかドッとへらすとはいきませんが、
普段着のほうなら、なんとかなりそうかも。

夫のシンプルスタイルをまのあたりにした作者、
「乗る……!! 乗り切る!! 夫の服 余裕で全部ロバに乗る!!」と感嘆しますが、
それがただちに「キャーステキあこがれるうー」とはならないようで。

(p31)
だって 夫 おしゃれじゃない……!! なんかビンボくさい……!!
気に入った物や飽きない物を 長い間大事に着るというのは
格好いい姿勢のはず……
なのに…… 何この単にくたびれた感……


そうか、ちゃんと服を洗濯してキレイにしていても、
パッとしない感じ、なんとなくだらしない感じ、
そういう印象をあたえてしまうのかも。

「着られりゃいい」「あったかけりゃいい」「すずしけりゃいい」
というのが、服装に対するぼくの態度なわけですが、これでは難アリか…。
とはいえ、何千円もする服をかうのは、いまだに躊躇するのですよ。
「これ1枚の値段で、あの本とこの本がかえるよなあ…」とおもうと、どうしても。

ですが、ただたんに「やすけりゃいい」とかんがえているわけでもありません。
質のいい、ながもちするものを、しっかり吟味してすくなく購入する。
そういう、あたりまえといえばあたりまえのことを、できるようにならないと。

(p31〜32)
そう……シンプルスタイルほど その人の持つ本質が重要になってくる!!
センスもしくは外見の才能が重要!!
「服が少なくてOK」って結局 工夫が上手ってこと


うーん、センスかあ…およそぼくには縁どおい世界のことば…。
まあ、そっちはおいおいかんがえていくとして、
もうひとり参考になる人物、作者のともだちKちゃんのはなしをきいてみましょう。
Kちゃんはかたづけ上手で、「処分しすぎて着る物が無いくらい」だそう。

Kちゃんいわく、もっている服は一軍〜三軍の3段階にわけられると。
 一軍:フォーマル、おでかけ着、おしゃれ着
 二軍:ゆるい会社なら着て行けるくらい、ちょっとしたおでかけ
 三軍:二軍落ち(ヨレてきたなど)、部屋着


一軍の服は、それほどおおく着ていないので、執着なく他人にあげてしまう。
また、そもそもそれほど数がおおくないので、一気に処分しても生活に支障はない。

(p69)
「だから結局 二〜三軍の服をいかに減らすかが ポイントなんですよねー
 二〜三軍の服は 安いからってだけで買う物も多いし」


ああ〜たしかにそうだ。
デパートなどで、一山◯◯円の山からかってきたようなのが、あれやこれや。
Kちゃんの指摘は、まずはそういうのを、気軽にかわないよう気をつけること。
それから、収納ケース(透明なもの)をかって、なかみがみえるようにしまうこと。

(p70〜71)
正直 Kちゃんに極意みたいなのを聞いて 楽ができるかと思ってたけど……
普通のことをちゃんとやってるだけやん……!!
大事……!! 普通のつみ重ね大事……!!
何これ……人生ってこればっか……!?


一夜づけでテストはうからない。
当然のことですが、ついついこれをわすれてしまうのもまた人間のサガ。
クローゼットが魔窟になってしまうまえに、ひごろから整理整頓をしておけと。
うう…反省しきり…。

あと個人的にこまっているのは、床を占拠している本の山。
前述の夫君が参考になるかとおもいきや、
「しかし夫の本はロバには全然乗りません」そ、そうですか…同類であったか…。

芦奈野ひとし『新装版 ヨコハマ買い出し紀行』


ヨコハマ買い出し紀行 1 新装版 (アフタヌーンKC)ヨコハマ買い出し紀行 1 新装版 (アフタヌーンKC)
(2009/10/23)
芦奈野 ひとし

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ごぶさたしております。
春やすみもおわって、世間が入学式・始業式・入社式と、
あたらしいスタートをきっているころに、こちらもリスタートしようとおもいます。
…というのはあとづけで、年度きりかえでバタバタしていただけですスミマセン。

きょうのNHKクローズアップ現代は、
「自分の人生、どこまで記録?〜広がる “ライフログ” 」でした。
じぶんのあらゆる行動を、デジタルデータ/手書きで記録するライフログ。
ぼくもこうして、じぶんがよんだ本の感想をブログにかきつづっているわけで、
じぶんのこととしてみていました。

ゲストは「ほぼ日手帳」でおなじみの糸井重里さん。
手書きのライフログをつけているひとたちについて、こうかたっていました。
「書いていくことできたえられた、ということがあるとおもう。
 書いていくことをつづけると、感じる能力がたかまるような気がする」

じぶんのちかくにある、なにげないけどすばらしいものたち。
それらを感じとり、記録としてのこす能力というのは、
日常の習慣としてつづけていくからこそ、たかめられていくのですね。

この回をみて、ハッとおもいだしたのが、
『ヨコハマ買い出し紀行』にでてきた、アルファさんのカメラでした。
西の岬でカフェをいとなむ、ロボットのアルファさん。
旅にでたカフェのオーナーから、宅配便でおくられてきたのが、このカメラ。

カメラといっても、ぼくらがつかうデジカメやスマートフォンとはちがいます。
カメラにコードをつないで、片方を口にくわえて目をとじると、
あたかも、写真をとった瞬間をふたたび体験しているかのように、
そのときの景色がみえてくる、というものです。
人間がデジタルデータや紙の写真として認識するのとは、べつの手法という感じ。

(4巻p44)
夕方の あの時からの時間経過が まるでうそのように
今 確かに目の前にひろがる光景
動きこそしないけれど 少しなら視点をずらすことさえできる


これはすごい。
そこにじぶんがいた、という実感を、いつでもよびおこすことができるわけです。
その瞬間の感覚を真空パックしておくようなものでしょうか。
視覚情報や聴覚情報は、いまの技術でも記録することができますが、
そこにたしかにいたという感覚は、脳内でおもいうかべることしかできません。
その点では、究極のライフログといえるかもしれませんね。

(4巻p47〜48)
私は このカメラのことを
本気で 時間旅行機のように 感じることがある

目をあけるときは
一瞬 ほんとうに どちらが今で どちらが昔なのか わからないくらい


クロ現では、まいにちの行動を詳細にデジタルデータ化しているひとが、
「最近、とおい過去のできごとが、現在のことのように感じる」とかたっていました。
むかしの写真などを、まいにちあれこれ整理しているために、
なつかしくおもわなくなってきている、とも。

将来のぼくたちが、もしアルファさんのカメラを日常でつかうようになったとしたら、
はたして「なつかしい」という感覚は、まだもちえているのでしょうか。
いまのぼくたちは、とおくはなれたともだちであっても、
ツイッターやフェイスブックで交信することができるために、
「去る者は日々に疎し」という感覚も、ちょっとずつ変化してきているようです。
そのことがどういう意味をもつのかは、やがてわかっていくのかも。

ぼくがカメラのエピソードですきなのは、2巻収録の第12話「ナビ」。
カメラをちいさな革のバッグにいれ、腰につけて、いざ撮影に。
スクーターであちこちをまわり、ポイントをきめて撮ろうとするのだけど、
「まだいいか」「もうちょい先かな」と、なかなか撮らないアルファさん。
一枚にしぼって、海岸からみえる夕景を、ときめたのですが。

(2巻p16)
撮らなかった
なんだか おもいっきり見入っちゃった
当分は味わえるわ


確実にはっきりと記録されるデータとしてはのこさず、
やがてうすれゆく記憶として反芻する、というたのしみかたもあるってことですね。
そういうファジーな、フワフワした感じというのは、
ライフログにゾッコン、というひとたちには、どうみえるのでしょうか。

ぼくも、このまえかったデジカメを、腰のホルダーにいれて装着しています。
USTREAM中継したイベントなどの記録としてつかっているのですが、
ふだんづかいで、ちょっとしたスナップをとるというのは、
まだそれほどおおくありません。

「あれもこれも、目にみえるものはすべて記録しておきたい」というきもちは、
そのうちぼくにもわいてくるのかもしれませんが、
いまはまだ、気がむいたときにとってみるか、くらいです。
年月がたったときに、またおなじテーマでなにか書いてみたいですね。
じぶんがどういうふうに変化しているか、このエピソードのみかたがどうかわるか、
それをしるのがたのしみです。

ゆうみ・えこ『1年後の3・11―被災地13のオフレコ話』


1年後の3.11―ゆうみ・えこコミック・エッセイ 被災地13のオフレコ話 (SAKURA・MOOK 44)1年後の3.11―ゆうみ・えこコミック・エッセイ 被災地13のオフレコ話 (SAKURA・MOOK 44)
(2012/03/02)
ゆうみ えこ

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これまでなまえもしらなかったマンガ家による震災関連のコミックエッセイ、
というのは、それこそ雨後のタケノコのごとく(というと失礼か)刊行されています。
そのなかで本作をてにとったのは、被災者である筆者がみききしたエピソードが、
とてもなまなましかったから。

とかく「絆」が連呼されつづけてきた、この1年でしたが、
テレビや新聞で報道される美談ばかりが、被災地のすべてではなかったのです。
たとえば。

(p16〜17)
盗難はやはりあったのです
震災当日の夜 2階は助かった大型店からごっそりと…
しかも当日の夜はまだ 数百体ものご遺体があったんです
それを脇目に物を盗んで行く人の気持ちって何なのでしょう
極めつけは 小さなノコギリを手にウロつく人 その目的は…


木材をきりたおすなら、もっとおおきなノコギリをもっているはずです。
そうではなく、せまいところでつかうような、ちいさなもの。
なににつかうのか、できれば察したくはありませんでした。

うえのモノローグのあとのコマは、遺体の手にあてられるノコギリ。
そのあとは、その人物のてがとりだした、血ぞめの指輪。
…どうして、そういうことをかんがえられるのか…。

マンションの5階にいて、津波からのがれられた女性は、こうかたります。

(p23〜24)
下の道路は津波から逃げる車で大渋滞 歩道にも人が溢れて
高いビルの入口は 上に行こうとする人が重なり合っていて…
「津波が―!!」

その時 1台の車が列から抜け出し…
歩道の人たちを―轢き…
跳ね飛ばしながら 逃げて行ったの


車にのっていた人物がどうなったのか、津波のあとではしりえません。
まして、殺人罪で捜査をすることも、いまとなってはかないません。
ですが、もしかしたらたすかっていたかもしれない、たくさんのいのちが、
津波ではなく、おなじ人間によってうばわれていたという事実…。
女性はこうもかたります。

(p24)
本当に恐ろしいのは 自分もやってしまうかもしれないことよ
―もし子供を乗せて逃げていたとしたら…もしかしたら私も…


いま、この場から、他人の罪をせめることはかんたんですが、
もしじぶんだったら。
極限状態におかれたとき、もしじぶんがそのたちばになったら。
それをかんがえると、安易にひとを断罪するがわにまわるのは、ためらわれます。

とはいえ、p80にあるような、よそからきてガレキのまえで記念写真をとる連中は、
めのまえにきたら瞬速でなぐりとばしていることでしょう。
「まさかそんな、マンガじゃあるまいし」とおもっていたのですが、
そんなマンガみたいなことをするヤカラが、ホントにいたとは。

テメーらがピースしてる、そのガレキのしたにはだな、
たくさんのいのちが、
だれかをたすけたいのちが、
みつけられるのをまっているいのちが、
まだねむっているんだよ!
きづけよバカヤロー!

ガレキを撤去している工事関係者や自衛隊員たちは、
その作業のさなかに、そうした遺体をほりおこすこともあります。
重機でもちあげたそのガレキのなかに、うまっていたひとたちが。
ふとみえたランドセルをもちあげると、それをせおっていたこどもが。

(p122)
でも…やはりここでも美談だけでは終わらず
あまりに激しい惨状と任務に耐えきれず 逃げ出す隊員もいたのです
だけれど それを責めることが 誰にできるでしょう
訓練を重ねた隊員さえ押しつぶす―現実…


ギャグタッチながらも、いかりをストレートにかきあらわす作者。
そのいかりは、震災の現場で必死にいきているひとたちには、決してむきません。
おもに「選挙で勝つことしか考えてない系」のひとたちに対しての、はげしいいかり。

それでもいきていく、ときにコミカルですらある(作者ら)被災者たちのすがたは、
「なんてつよいひとたちだろう、いや、つよくあろうとしているんだ」と感じます。

「戦争も関東大震災も乗り越えてきたから大丈夫!!
 あんたこそケガのない様 気をつけなさい!」
「私さ…家も全部流されたけど
 またこの町に住みたい!」
「俺は俺らしく―まず自分が元気出して そして人を元気にして
 ばあちゃんの笑顔を思い出すんだ」


なにかしてあげよう、なんて、うえから目線でいられるはずがありません。
ぼくはぼくのできることを。
なにかあったときに、つよくあろうとしていられる、からだとこころを。

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