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津田大介『だれが「音楽」を殺すのか?』


だれが「音楽」を殺すのか? (NT2X)だれが「音楽」を殺すのか? (NT2X)
(2004/09/22)
津田 大介

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本書のタイトルにこたえるならば、
それは、日本のソニーグループとなってしまうのでしょうか。
その理由は、5月1日に小室哲哉さんから発せられた、このツイート。

@Tetsuya_Komuro
Twitterのパワーがどれほど強いものか問いかけを!
過去最大のRTを切望します。
3月の米米、プリプリ、TM, そして、先週の武道館2日間,
正直、日本だけSONYブランドの曲がiTMSに置いてないのは変じゃないですか?
2012年、もう売ってくれても良いじゃないかなあ


ツイッター上の反響はとてもおおきく、またたくまに数千のRTがなされました。
また、津田大介氏は「もっとも過ぎワロタ。」
佐々木俊尚氏は「これは応援。いつまでソニーはiTunesを忌避し続けるんだろう。」と、
それぞれツイートしています。
さらに、その日の夕刻には、J-CASTニュースでさっそくとりあげられました。

「小室哲哉が最大級のRT呼びかけ『SONYブランドの曲をiTunesで売ってくれ』」

海外のソニー所属ミュージシャンの音源は、すでにiTunesで配信されています。
たとえばボブ・ディランは、デビュー盤から2000年代以降の作品(全部ではない)、
さらには公式ブートレグ・シリーズまで。
ほかに、ブルース・スプリングスティーンや、マイケル・ジャクソンなども。
エアロスミスは、ゲフィン時代のものもふくめたかたちで。

で、なぜ日本のソニー系はiTunesで配信されないのかというと、
iPodやIPhoneとウォークマン、そしてiTunesとmoraとの競合が理由となっています。
ぼくはmoraを利用したことがまだなかったので、
どういうものなのか、サービスを開始したころに刊行された本書をよんでみます。

(p152)
…日本はややこしい問題を抱えている。
iPodと完全に競合するソニー系列の携帯音楽プレーヤーや、MDがあるからだ。

マクロビジョン社やSunnComm社が考えている次世代CCCDも、
構想的にはレーベルゲートCD2と同じだ。
だが、残念ながら日本の場合、肝心のレーベルゲートCD2を支える
音楽配信サービス(Mora)が魅力に乏しい。
使い勝手、価格、カタログ面でサービスが整備されない限り、
米国と同じ状況になることはないだろう。


うーむ、あまり評判がよろしくなかったようですね。
では、現在はどうでしょうか。
moraにあるTM NETWORKのページをみてみると、たしかにこちらで配信はされています。
ただし全作ではなく、ソニー時代のものと、エイベックスからの新曲「I am」です。
あと、一部ベスト盤の曲目がおおはばにけずられているのですが、なぜに…?

1曲210円。ですが、
「音楽CDへの書き込み=10回」
こういうしばりがあるのは、正直いただけないなあ…。

ふたたび『だれが「音楽」を殺すのか?』にもどると、
本書は2004年の段階で、CCCD問題や、新サービス・iTunesなどについて論じています。
そのなかで音楽配信については、こう書いてありました。

(p282)
米国にとって、2003年という年は
iTMSの開始、pressplayの崩壊という2つの大きな出来事が起こり、
音楽配信のターニングポイントとなる年になった。
メジャーレーベルが自分達に都合の良いやり方を捨てて、
アップルやリッスンドットコム、ロキシオといった消費者寄りのメーカーに
配信サービスを任せたことで、
結果的に音楽配信ビジネス自体が完全にブレイクしたのが2003年だったとも言える。


「自分達に都合の良いやり方を捨てて」ここがキモですね。
「おなじ分野の競争相手だから、あいての土俵にのらない」というのはどうなの、と。
「ウチはウチのやりかたで配信するから」という態度をとった結果、
いまiTunesでは、日本のソニー系ミュージシャンは存在しないことになっています。
(あと、アミューズ所属とかジャニーズとかも)

「iTunesにないなら、CDをさがして買うか」となればいいのですが、
いまのCD全体のうれゆき不振は、だれもがしるところです。
もはやCDは音楽業界の中心ではないことを、しっかり認識する必要があるのでは?
(このあたりは津田大介+牧村憲一『未来型サバイバル音楽論』にくわしいです)

さて、小室哲哉さんのツイートから一夜あけた5月2日、
今度は小室みつ子さん(作詞家。TM NETWORKも手がける)がこのようなツイートを。

@miccorina
本当はCDとしてパッケージに入ってる方が好きだけど、
廃盤になった再びCDはパッケージ化するのにもお金がかかる。
配信は音源さえあればいいので、
廃盤のアルバムなどは配信で聴けたらいいなあって思います。どのレコード会社も。


これについて、『だれが〜』ではこのように書いています。
単純に「ぜんぶデジタル化すればいいじゃん!」とはいかない問題のようで。

(p299)
古いカタログを音楽配信のデータにエンコードするのにもコストはかかるし、
それらをサーバーにアップロードし、管理するコストもかかる。
音楽配信は理論上廃盤がないので、
膨大なカタログをどう掘り起こしてリスナーに仕掛けていくか戦略を立てる必要もある。
結果的にレコード会社の作業量が非常に多くなるのだ。


とはいえ、もっとてばやく、ききたい音源にふれるようになってほしいところ。
冒頭の小室哲哉さんのツイートにもありましたが、
ライブで米米やプリプリ、TMの音楽のおもしろさをしったひとたちが、
その曲をききたいとおもっても、CD店ですぐ手にはいるとはかぎりません。
であれば、もっと手のとどきやすいところに、音楽をもってきてもいいでしょう。

(p342)
10年後くらいにこの本を読んだ人が
「あの頃の音楽業界はこんなくだらないことで悩んでいたんだね」と
笑いながら感想を言えることを願って。


あと2年。
それまでに、どうにかわらえるようになっていてほしいものです。
(あ、TMの30周年=調査活動終了?も2年後だ…)
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島本和彦『炎の言霊―島本和彦名言集』


炎の言霊 島本和彦名言集炎の言霊 島本和彦名言集
(2011/02/18)
島本和彦

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NHKでノーカット放映された『WALL・E』よかったですね。
機械で王道ラブストーリー(しかもツンデレ!)がみられるとはびっくり。
「アメリカのCGアニメはなあ…」と、くわずぎらいしていて損しました。

29世紀の人間は、自動操縦の座椅子にすわったままの、超肥満体。
アクシデントで椅子からおちてしまうと、じぶんの足であるくこともままならない。
劇の終盤、宇宙船の艦長が地球に帰還しようとして、
じぶんの行動を阻止しようとする自動操縦装置・オートとあらそったすえ、
椅子からおちて、必死でじぶんの両足でたちあがろうとするシーンがあります。
BGMに「ツァラトゥストラはかく語りき」をながしながら!

他者にまかせきりにせず、じぶんのちからで、責任をもって行動すること。
ほんとうにみごとな名シーンでした。
ここで連想したものがふたつありまして。
ひとつは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』における、
父ひろしの「親からもらった足があらぁな!」というセリフ。

もうひとつが、本書のなかのことばでした。
(まえフリながくてすみません…)
『無謀キャプテン』より、柔道部の臨時主将をひきうけた堀田のセリフ。

(p63)
石橋 お前… 一度も自分で墓穴を掘らずに生きていくつもりか
お前は永遠に安全地帯の中でビクビクしながら年老いていくつもりかっ
自分の墓穴くらい自分で掘れないでどうする
自分で掘るのが恐いのかっ?
いったい誰に掘ってもらうつもりだ


ぜったいにきずつかない場所から、他人の行為・発言をせめることは、
ものすごく楽なことでしょう。
なにもしなければ、まちがいをして損することはない。
なにもいわなければ、発言についてせめられることも、あやまることもない。

「墓穴を掘る」とは、
じぶんのみをほろぼす原因をじぶんでつくることだとおもってきましたが、
そうではなく、体面を気にするのをやめて、ことなかれ主義をすてて、
どっしりと覚悟をきめろ、という意味だったのですね。
(と、テストでこたえたら☓がつきますからね、念のため)

そもそもこの本は、島本和彦作品から名セリフを抜粋した編集版なのですが、
オビで島本調になった羽海野チカが、
「まず好きなページをコピーして壁に貼れ!!―話はそこからだ!!」
と絶叫していたので、つい手にとってしまった次第。

映画『逆境ナイン』をみて以降、なにかこまったことがおこるとつい、
「これが…これが逆境かっ!!」
と(脳内で)さけんでしまうようになってしまったのですが、
それ以外にも、妙にこころにのこってしまったことばもあります。
おなじく『逆境ナイン』より。

(p147)
この宇宙のどこかでは今も……
おたがいの星の運命をかけて 壮大な宇宙戦争がおこなわれているんだろうなあ…
それにくらべりゃ……たかが野球!!
まだまだ…まだまだ…どうにでもなるさ……なあ宇宙よ


「野球」の部分を、じぶんがこまっている別のものにおきかえれば、
どういうシチュエーションでも対応できることばです。
じぶんの目にみえないもののことを、しろうとしない、わかろうとしないひとには、
この発想はできませんね。

ちなみに映画『逆境ナイン』が公開された2005年7月、
日本では、スティーブン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演『宇宙戦争』と、
スター・ウォーズ・シリーズの最終作『エピソード3/シスの復讐』が公開され、
まさに宇宙戦争という逆境が、しかもダブルで、映画版にのしかかってきました。
身をもって、逆境のなんたるかをしめしてくれたのですねえ。

『逆境ナイン』からもうひとつ。

(p69)
たしかに…井の中の蛙大海を知らず そういう言葉があります
だが 大海を知らなかった蛙の中にも 十分大海に通用したやつはいたはずだ
それがそんな言葉のトリックにひっかかって
どれだけの才能がつぶされてきたことか―
歴史の白いページを おれたちがきりひらいてきているのだ
先人の腰のぬけた言動にまどわされるなっ!!


きょう、2012年5月5日は、ひとつの区切りになった日。
これからのことをかんがえるときに、
「そんな絵空事をかんがえてどうする」「もっと現実をみろ」といわれますが、
そういうのが「先人の腰のぬけた言動」なのでは?
これから、きりひらいていくんですよ。

おまけ。
『ワンダービット』より、老富豪が、ビデオをためこむ息子にむかって。

(p111)
ためるだけためるがよい
そして安心して仕事にうちこめい!!
人生ビデオをためるヒマはあっても 見るヒマなどなしっ


う、うう…わかっている…わかっているんだよ…。
かいこんで、積ン読になっている本を、ぜんぶ読めはしないんだって…。
わかっている…わかってはいるが…わかるわけにはいかん!!
(『無謀キャプテン』より。こういう使用例もあります)

朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠―明かされなかった福島原発事故の真実』


プロメテウスの罠: 明かされなかった福島原発事故の真実プロメテウスの罠: 明かされなかった福島原発事故の真実
(2012/02/28)
朝日新聞特別報道部

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付箋をはりながらよみました。
ポイントは、手にはいるはずの情報がえられなかった、という箇所。
被災地の住民に対しては。

(p22)
馬場(有・浪江町町長。引用者注)によると、
県の担当課長は涙を流しながら「すみませんでした」と言い、
SPEEDIの結果を伝えなかったことを謝ったという。


(p32)
6月初めのある日曜日、男(作業服背中に「文部科学省」、引用者注)がポツリと言った。
「今だから言うけど、ここは初め100マイクロシーベルトを越していたんだ。
 その時は言えなかった。すまなかった」


(p34)
「ここって高かったんですね」と30代ぐらいの警察官に聞いてみた。
「そうなんですよ、高いですよ。でも政府から止められていて言えなかったんです」


(p53)
「どうなんだって言っても答えない。線量の数値も教えない。
 どうなんだって言ったらたばこ吸ってんだよ。
 ふざけんなこのやろうって思って追及したんだよ。
 文部科学省の職員なのかって聞いたら違うと。なんでこんな車さ」


(p62)
文科省は16日にその数値を発表したが、地区名は伏せたまま。
浪江町に知らせることもなかった。
町は危険を認識せず、一帯に残る住民に伝えることもなかった。
なにより官房長官は「直ちに人体に影響を与える数値ではない」と会見で述べていた。


ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」の木村真三氏に対しては、
勤務していた研究所から一斉メールで、
放射線等の測定などできることもいくつかあるでしょうが、
 本省ならびに研究所の指示に従ってください
」という文面が。

(p44)
研究所に放射能の専門家は自分しかいない。
これは自分に向けて出されたメールだ。木村は思った。
自分の現地入りを止めるつもりだ、と理解した。


原子力災害対策本部の総責任者、菅直人(元)首相は、
原子力安全・保安院の緊急時対策センター(ERC)が、
SPEEDIをつかって独自に避難計画案をつくっていたことを、
2011年10月31日、朝日新聞連載「プロメテウスの罠」をよんで、はじめてしりました。

(p70)
そんな情報は全く届いていなかった。
驚いたあと、怒りがわいてきた。
目の前に原子力安全・保安院のトップがいた。
ERCの動きを、なぜ彼は自分に伝えなかったのか。
いや、自分たちの動きも彼はERCに伝えていない。
これはおかしいじゃないか。


原発事故2〜3日内の放射線値データを、
原発から5kmにある現地対策本部を拠点にして、採取してはいたものの。

(p75)
現地本部は15日に福島県庁まで撤退する。
その際、データを入れたファイルを現地に置き忘れていた。
回収したのは5月28日になってから。
事故直後の放射線値のほとんどは、6月3日まで表には出なかった。


放出された放射性物質の海洋への影響についての論文を『ネイチャー』に出そうとした、
気象庁気象研究所の青山道夫氏に対しては、研究所の加納裕二所長が、

(p97)
加納「チェルノブイリ事故との比較を削れないものか」
青山「削れば、残るのは核実験の影響による太平洋の汚染との比較です。
『100万倍ひどい』なんて書かれることになりますよ」
しかし加納は譲らない。
「書き直さないなら、『気象庁気象研究所・青山道夫』の名前でこの論文を出すのは
 許可できない」


南相馬市の高橋慶さんは、じぶんの内部被曝をしらべてもらおうと、
各地のホールボディーカウンター装置をもつ機関に電話するも、すべて拒否。
市民の検査をことわる理由、たとえば茨城県保健予防課の説明は。

(p170)
一、福島県が公表した県民6600人の被曝量が極めて低かった。
一、福島県が内部被曝の検査対象とした地域に比べ、茨城県の空間放射線量は極めて低い。
一、以上をもとに放射線被曝の専門家に聞いた結果、
「内部被曝検査などの健康調査は必要ない」という判断となった―


福島県に対して、日本原子力研究開発機構・放射線医学総合研究所がともに、
食事から放射能をとりこむことをみとめて計算すべきと提案しましたが。

(p181)
しかし福島県は提案を断った。地域医療課副課長の川島博文は言う。
「食品に対する不信感、不安感をあおる心配があるからです。
 内部被曝が分かった人に聞いても、食品からとったとは誰も言わない」


3月15日朝、官邸中枢にSPEEDIの存在についてつたえていれば、
住民を避難させて被曝をさけられたのでは―という疑問に対して。

(p210)
安全委員長の班目春樹は言う。
「原発のプラントが今後どうなるかを予測できる人間は、私しかいなかった。
 その私にSPEEDIのことも全部やれっていうんですか。
 超スーパーマンならできるかもしれませんけど、
 役割分担として菅首相にアドバイスするのは保安院です」
保安院長の寺坂信昭は言う。
「保安院がSPEEDIの話をしちゃあいけないことはないが、
 SPEEDIは文部科学省の所管です」


こうした詳細をよめばよむほど、いかりよりもタメイキがさきにでてきます。
こちらが激昂してみても、のれんにうでおし、ぬかにくぎ、というか。

必要な情報が、必要としているひとたちのもとにとどかない、というこの状況は、
みをかくした黒幕が指令をだしてシャットアウトしている、というよりも、
各セクションの担当者が、どうすればいいのかまったく検討がつかず、
とりあえず前例踏襲、杓子定規、規定どおりにすればいい、としたのではないかと。
「上がいうなといっているのだから」という理由で、じぶんの行為を正当化して。

国のオエライさんにせよ、セクションの末端の人間にせよ、
情報をせきとめた当の本人にあっては、どういうおもいだったのでしょうか。
「ホントはいわなきゃいけないができない、もうしわけない」とあやまりたかったのか、
「なんでオレに文句をいうんだよ、勘弁してくれよ」とウンザリしていたのか、
「じぶんのしごとはここまでなのだから、しょうがない」と諦観していたのか。

情報がとどかない理由について、本書ではこうしるしています。

(p76)
SPEEDIの存在を認識したあとも、官邸は予測図を公開しなかった。
それに関連し、首相補佐官の細野豪志は、5月2日の記者会見で
「国民がパニックになることを懸念した」と説明した。
住民に情報が届きにくかった背景には、おそらくそんな国の思想がある。
だが実際には政府自身がパニックに近いような混乱ぶりだった。


SPEEDIにかぎらず、おそらく全般についてそうなのだろうとおもいます。
「みんなおちつけ」とさけんでいるおまえがまずおちつけ、という。
パニクっている政府・省庁にたよりきりにならずに、
「もうこっちでさっさとやっちゃえ」とうごいている例も、おおくあります。
NHKと木村真三氏らの「ネットワークでつくる放射能汚染地図」もそのひとつ。

だって、ねえ。原子力政策のトップたちが、このていたらくでは。
3月12日、菅首相らが福島第一原発に視察にきた際には。

(p238)
菅は運転席の後ろにある右窓側の席に座った。
隣に武藤
(栄・東電副社長。引用者注)が座ると、菅は激しく詰めよった。
「何でベントができないんだ!」「早くやれ!」「いいから早くやれ!」
菅の4つ後ろの席にいた首相補佐官の寺田学が驚くほどの声だった。
武藤が何か答えた。
寺田は「ごにょごにょごにょごにょ、としか聞こえませんでした」。
菅も、そのときの武藤の返答を「ごにょごにょ、だった」と言う。


その日の午後、1号機が爆発した映像がテレビでながれたときには。

(p246)
「総理、これを見てください」
執務室には官房副長官の福山哲郎と原子力安全委員長の班目春樹もいた。
寺田は班目が「あちゃあ」という顔をしたのが印象に残っている。

しかし班目は菅にガツンとやられなかった。菅は言う。
「予測できなかった人にそれ以上言っても仕方ないだろ」


政府にせよ、原子力安全・保安院や東京電力にせよ、
意図的に、国民をいためつけてやろうとか、悪の大ボスとして君臨しているとか、
そういう印象は、本書をよんでさらに、うすくなっていきました。
(だからといって、国民のためにつくす善人とは到底おもえませんが)

むかしからこうしてきたのだから、おなじようにやっていく。
計画どおりにことをはこぶために、ジャマなものはキチンキチンと排除する。
命令や規定以外のことをすることは念頭になく、ただただ職務をまっとうするのみ。
善悪うんぬんというよりも、そういうひとたちの集合体なのではないかなあと感じます。

命令以外のことをして、失敗したり、上司ににらまれたりしたら、責任問題になる。
会社として批判されるのはしかたないかもしれないが、個人として責任をとりたくない。
むしろ命令以外のことはなにもしないほうが、目をつけられることもない。
明確な悪意をもっての不作為ではなく、無責任でありたいきもちからの不作為。

そういう意味では、朝日新聞をふくめたマスコミについても、
本書のようにするどくきりこんで取材してほしいものですね。
いわゆる「大本営発表」に対する検証・批判が、どれだけおこなわれたのか。
当時の記事がまちがっていたとしたら、その自己検証はなされているのか。

新聞連載はまだつづいているようなので、
ちかいうちにぜひ、マスコミの章をよろしくおねがいします。

もんじゅ君『おしえて!もんじゅ君―これだけは知っておこう 原発と放射能』


おしえて! もんじゅ君―これだけは知っておこう 原発と放射能おしえて! もんじゅ君―これだけは知っておこう 原発と放射能
(2012/03/02)
もんじゅ君

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そうか、もんじゅ君のはなしをききはじめてから、もう10か月になるんだね。
はじめてもんじゅ君のツイッターのことをしったころは、
「どこのお調子モンがウケねらいでふざけたことを」くらいにおもってたけど、
むずかしいことをていねいに説明したり、被災者のことをおもいやったり、
真摯でやさしいひとがら(原子炉がら?)が、だんだんすきになっていったんだ。

そんなわけで、もんじゅ君の初の著書、よませてもらったよ。
これまでツイッターでつぶやいてきたことが、よみやすく整理されているね。
原発のこと、放射能のこと、あらためて勉強になったけど、
もんじゅ君がだいじだとおもっているのは、そうした知識そのものよりも、
知ろうとすること、そのための情報をいろんなところからしいれること、
そういうメディア・リテラシーのほうなんじゃないかなって感じたんだ。

(p118)
だから完全な正解をさがすとか、◯◯先生のいってることはいつもただしいとか、
△△先生のはなしはぜんぶウソ、って考えちゃうよりも、
いろんな情報源を持つことがだいじなんじゃないかなと思うよ。


(p119)
どれかひとつだけを信じるのは、
じつは気が楽になるんだけど(つねに自分で考えなくてよくなるから)、
他から目をふさぐことになっちゃって、危ないかもしれないなって思うの。


(p122)
藤波心 震災以降、政府とか報道に対する信頼は減っちゃった感じはしてるけど、
どれかが絶対に信頼できるっていうよりも、意識していろいろみて、
いまはこれがいいんじゃないかなって決めるようにしています。
あとは家族でよくはなしあいますね。

もんじゅ君 ボクも、いろんな情報源をもって、くらべることがだいじだなって思うの。
原発についても、みんなではなして、決められたらいいよね。


情報に接するときの注意点については、もとジャーナリストの上杉隆さんも、
『新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか』でこうかいていたよ。

(p176)
では、情報を受け取る側はどうだろう。
発信者と同様、やはり人間たるもの自分の好む情報を集める傾向があり、
どうしても情報には偏りが生じてしまう。

その解決策として、ある問題に対して正反対の二つの意見を見つける方法があるだろう。
そこで大切なのは、どちらの意見を採用するかを決めるのではなく、
一つひとつの論点を吟味すること。
「この点はこちらに賛成。しかし、この点についてはもう一方に賛成」といった具合に。


政府や省庁、原子力安全・保安院などの情報をうのみにすることはもうできないけど、
だからといって「ネットこそ真実」というのも極端な態度だよね。
どれかの情報源「だけ」を、盲信する/かたくなに信じない、というのは、
むいている方向がちがうだけで、やっていることはかわらないわけで。

上杉さんもかいているけど、ホントにだいじなのは、
「テレビでいっているからホント」「テレビでいっているからウソ」じゃなくて、
「このひとの情報は、どれくらい信用性があるか」をじぶんで判断すること。
「そのひとじしんでみてきた情報か、だれかからきいたものか」で判別すること。
おなじひとの情報でも、なかみによって信頼度の濃淡をつくれるようにすること。
そういう態度なんだって、あらためておもったんだ。

ぼくがこの本をよんで、いちばんハラがたったのが、松田公太議員にきいたはなし。
原子力損害賠償支援構法の成立についてのくだりだったっけ。

(p84)
もんじゅ君 なんでそんなおかしな枠組みが可決されちゃったのかな?
松田公太 うん。そこのところ、官僚にきいたら、
「最後は空気で決まる」といわれてしまった。

もん 敗戦前の日本軍みたい……。
松田 その「空気」をうみだしているのは、原発の利権者たち、
いわゆる「原子力ムラ」といわれるところの人たちなんだよ。


国にとって、国民にとって、とてもだいじな法案を、
議論をつくしてきめるのかとおもったら、「最後は空気で決まる」だなんて!
だれかが責任をとることもなく、「イヤそういう空気だったから」でにげられちゃう。
山本七平さんの『空気の研究』っていう本をおもいだしたんだけど、
たしかあの本でも、「空気」がものすごいちからをもっていて、
論理や分析をもってしても対抗できなくて、責任追及もできないってかいてあったよ。

もんじゅ君や上杉さんがやっているのは、そういうよどんだ「空気」にかぜをあてて、
情報のかぜとおしをよくすることだとおもうんだ。
「こういう意見もあったのか」「でもあのひとはこういってるよなあ」って、
いろんな見かたを提示して、情報のうけてじしんでかんがえるようにすること。
あるいは、じぶんじしんで情報をつかみとって、かぜをおこすようになること。

もんじゅ君がたいせつだといっている(p127)、
「ヘンだなと思ったことをヘンだといえる空気」
「ギモンに思ったことを口にだせる空気」
「社会や政治について話題にするのを、かっこ悪いとみなさない空気」

おなじ空気でも、こっちのほうが呼吸していてきもちいいよね。

ぼくもこういう空気をつくれるように、できることをやってみるよ。
もんじゅ君、これからもよろしくね。

KIDS VOICE 編『福島の子どもたちからの手紙〜ほうしゃのうっていつなくなるの?』


福島の子どもたちからの手紙 ほうしゃのうっていつなくなるの?福島の子どもたちからの手紙 ほうしゃのうっていつなくなるの?
(2012/02/07)
KIDS VOICE

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編集したKIDS VOICEについては、こちらのホームページで。
こどもたちのことばや絵を書物のかたちでのこすというプロジェクト。
そとからうんぬんいうよりも、かれらのことばをじかにきくほうがはやいので、
一部を抜粋します。
誤記などありますが、改行以外は原文ママです。

福島から避難したこどもたち。

(p14、小1)
おれたちは、なぜみんなとはなれないといけないんですか。いみがわかりません。
けつえきけんさをやってくれないんですか。
ほうしゃのうをなくすきかいをつくってください。おねがいします。


(p22、小3)
・外であそびたい
・ほうしゃのうは、いつなくなるの?
・マスクをしたくない
・びょうきになりたくない
・もっとふくしまにいたいけどもういれない


(p26、小2)
3か月ぶりにお父さんと野きゅうをしました。すごくたのしかったです。
弟がホームランを20本ぐらいうちました。またお父さんがきたらしたいです。


(p28、小3)
菅そう理大じんへ

いつになったらほうしゃのうは、なくなりますか。
僕は大人になれますか?
早く外であそびたいです。
家ぞくがはなれてくらすのもいやです。友だちとはなれるのもいやです。
どうか僕たちをたすけてください。


(p31、小1)
ほうしゃのうだいっきらーい

福島にとどまるこどもたち。

(p66、小5)
①脱原発
◯原発事故で始めて原発のこわさをしりました。
◯放射線のせいで外であそべません。
◯一言で言うと原発をなくしてください。

②県外で
◯僕は、サマースクールに行きました。(とちぎ)
 福島県からきたにもかかわらず
 みんなやさしくふつうの友達みたいにせっしてくれました。


(p76、小学校高学年)
山の木
川の魚
海の魚
森のいき物
私の夢
かえして下さい


(p81、中学生)
おしえて下さい
僕達はどうなりますか?
いくつまで生きられますか?
福島県に住めますか?


(p84、中2)
『福島には原発があるから。』それがなんだ?あっちゃ悪いのか!
私は原発のこととかくわしくは分からないけれど
同じ人としてその受けとめ方はよくないと思う。
『福島の人は実験台なんだ。』そういう言葉を聞くと悲しくなる。
でも私は福島が好きだから、いい所だらけの福島が大好きだから
私は離れたくないと思う。
放射能がなんだよ。そんなのに負けてたまるか。


(p88〜89、小5)
みんな、
「福島がんばろう。」
と言っているけど、さい玉や、東京は、
「福島の人は、ほうしゃのうがあるから、いやだ。」
と言ってさべつされ、とってもかなしい。


こどもたちのようすをつづった解説文より。
父親と祖母が福島にのこり、母親・妹と京都にひっこした、小学3年生のけんくん。

(p52〜53)
クリスマスが近づき、お母さんがけん君に
「クリスマスのプレゼントは何がいいかな?」と尋ねました。
けん君の答えはこうでした。
「お父さんとおばあちゃん」
その言葉を聞いて、お母さんは思わず涙があふれました。
そして、その夜、けん君と妹が寝た後、ひとりで声を上げて泣きました。


福島にのこった、小学5年生の陸玖君。

(p93)
「震災前は仲良しの友だちが多くてすごく楽しい毎日でした。
 でも、原発事故の後、友だちは転校したし外遊びもあまりできなくなってしまいました。
 でも、いくら考えても元に戻せないので、
 今は原発事故のことは、がんばって忘れようとしています」


避難したこども、のこったこども。
ひとりひとりが、それぞれのおもいをもっています。
十把ひとからげに「福島のこどもたち」ということばだけでくくれない、
ひとつひとつのくるしみが、ここにはおさめられています。

こどもたちが、じぶんたちのてがみを文部科学省の担当官にてわたす集会が、
2011年8月17日におこなわれました。
本書に寄稿した山本太郎さんもかけつけています。
映像はYouTubeで。

コメントには「オトナにいわされている」というのがありましたが、
本書をよむかぎり、かならずしもそうとはいえないと感じます。
もちろん、事前にそれなりの練習はしてきたでしょうが。
(ぜんぶアドリブではなすなんて、すくなくともぼくはかんたんにはできません)
てがみについていうならば、
ぜんぶ親のいうとおりにかいても、こども自身つまらなくなってしまうとおもいます。
ところどころ字のまちがいがあるのも、本人のきもちからかいたせいじゃないかな、と。

ひとつの記録として、貴重な資料になる本です。
本のつくりや構成からしても、学校の図書室においてほしい一冊ですね。

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