スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

田山三樹 監修『YMO GLOBAL YMOから広がるディスク・ガイド』


YMO GLOBAL YMOから広がるディスクガイドYMO GLOBAL YMOから広がるディスクガイド
(2007/04/20)
田山 三樹

商品詳細を見る

すきなミュージシャンが影響をうけた音楽をきいてみる、という体験は、
じぶんがきく音楽のはばをひろげる、とてもだいじなことです。
ひとつの拠点から、予想もしないところまで、興味がひろがっていきます。
ぼくにとってそうした、いわば音楽のハブ空港とでもいうべき存在が、
イエロー・マジック・オーケストラ、YMOだといえます。

3人が影響をうけた音楽は、かさなっているものもあれば、ちがうものもあり、
それらの音楽をおいかけてみることで、
いくつものジャンルにまたがって、手をひろげることができます。

細野さん、幸宏さん、そして教授の影響がなければ、
ジェイムス・テイラーも、ジョージ・ハリスンも、J.S.バッハも、
いまのようにききこむことは、おそらくなかったでしょう。
あこがれのひとに、ちょっとでもちかづきたい、というきもちもあったし、
単純に、どんな音楽なのかきいてみたいという好奇心もはたらきました。

そうした音楽の関連図を、ディスク・ガイドブックのかたちでまとめたのが本書。
YMO以前、60年代のものから、ゼロ年代の作品まで。
こうしてみてみると、まだきいていないものも、まだまだありますね。

なんですが、今回注目したのは、松武秀樹氏の2007年インタビュー。
3ページとみじかいながらも、冨田勲先生のもとに弟子いりしたことときのことから、
YMOのサウンドのことまで。

というのは、いまこれをかいているときに、
DOMMUNEで「冨田勲×松武秀樹」のUSTREAMをみているのです。
日本のテクノ黎明期をささえたおふたりのはなしの、なんとおもしろいこと!
でもって、この松武さんインタビューもまた。

(p153)
ミキサーが当時は性能が悪かったんですが、
冨田先生が使っていたSONYのミキサーは音源が電池だったんですよ。
その当時の機械は、電池が切れてくるとだんだん音が割れて、
そのままの状態がしばらく続くんですよ。
それは考え方を変えれば
ギターのディストーションみたいな音質にできるっていうことなんです。
ファズまでいかない、ソフトな歪みなんですね。
それをよく利用されていましたね。

そういう、“欠点を長所に” みたいな使い方で作られているから
冨田先生のこのころの音は、まねしようとしてもできない独特のものですよ。


今回のDOMMUNEでは、スタジオにあの巨大なアナログ・シンセサイザー、
通称「タンス」をもちこんで、実際におとをつくりだす実演がおこなわれました。
冨田先生の「祇園精舎の鐘の音」という指示をうけて、松武さんがおとをつくり、
ならすたびに「ちょっと違うなあ」と、なんどもダメだしが。

プリセットのおとではない、その場で即興的につくりだすおと。
しかも、タンスをバラしてしまえば、二度とまったくおなじおとはつくりだせない、
諸行無常、一期一会のおと。

「デジタルで楽してつくったおとは、それなりのおとしかでない」
「自分の道楽でおとをつくったら、それっきりになっちゃう」
「どれだけあいてにつたわるかだ」


正座してききたい名言ばかり。
にたようなおとで、にたような曲をつくる、どっかのだれかにも、ぜひ。

(p154)
冨田先生とYMOって、
70年代後半から80年代って同じ時代を全く違うアプローチで行ってたから、
交わるべき理由はなかったと思いますねえ。
逆に今やったら面白いと思うけど。

冨田先生の音作りは、
先ほど例を挙げてお話したように込み入り過ぎていて、同じ音はできませんよ。
1回性の部分も大きいし。
YMOはYMOで別の方向で込み入ったことをやっていたわけでね。


その場かぎりのおと、演奏をつくりだすステージ。
ことし2011年のYMOは、ライブの冒頭に即興演奏をこころみています。
いままで長年バンドをやっていて、まったくはじめてのことだそうです。
YMOもまた、あたらしい方向へと、なおもすすもうとしているのですね。

いつの日か、冨田勲+YMOのステージ、みてみたいものです。
一期一会の演奏、ぜひ聞いてみたい!

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。