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羽田正『新しい世界史へ―地球市民のための構想』


新しい世界史へ――地球市民のための構想 (岩波新書)新しい世界史へ――地球市民のための構想 (岩波新書)
(2011/11/19)
羽田 正

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「地球市民」ということばには、どこかうさんくささをかんじてきました。
「かってにひとまとめにするなよ」という反発のようなものもあるし、
「グローバル」と名のついた概念のあやしさへの警戒心もあります。
(坂本龍一教授のシングル曲「World Citizen」も、最初はちょっと抵抗がありました)

そのぼくが、まさかこういう本をよみこむようになるとは。
本書の主張は、こうまとめられています。

(p211)
地球社会の歴史は、「世界をひとつ」と捉えるとともに、
世界中の様々な人々への目配りを怠らず、彼らの過去を描くものでなければならない。
新たにそのような世界史を構想するべきだ。
これが本書の主張である。


なぜか。
それは、現行の(日本でおしえている)世界史理解が時代とあわなくなり、
問題があるからだといいます。
その問題点とは。

(p90)
①現行の世界史は、日本人の世界史である。
②現行の世界史は、自と他の区別や違いを強調する。
③現行の世界史は、ヨーロッパ中心史観から自由ではない。

これら現行世界史の3つの問題点の根は、実は同じである。
19世紀に成立した近代歴史学そのものが、この3つの性格を備えているからである。
それは、ヨーロッパ(自)と非ヨーロッパ(他)を区別し、
さらに自国と他国の歴史を別のものとして世界の歴史を構想するのだ。


あまりに自国の独自性(ひいては優越性)に固執しすぎると、
自国と他国をまったくちがうもの、あいいれないものとしてみるようになると。
それは歴史のかたよった一面しかみない、みたくないということ。

ひとつの国・地域のもつ特徴が、その国・地域だけで獲得したものだとはかぎらない。
そとがわにあるさまざまな要因がかさなったからこそ、成立しえたものかもしれない。
たとえば、19世紀イギリスの経済成長も、世界じゅうのひとびとの活動の結果だと。

そして、ヨーロッパ―非ヨーロッパというわけかたも、もう意味がないのでは。
どこかひとつの国・地域が地球全体をひっぱるというかんがえかたは、通用しない。
(=ウォーラーステイン世界システム論の否定)
まして、ヨーロッパというかたちで、かんたんに十把ひとからげにできるものでもない。

(p146〜147)
大事なことは、従来からの固定された歴史の見方を
一旦白紙に戻してみるという姿勢である。
私たちは、これまで日本や中国という「国家」を中心にした一国史的歴史観に
あまりに慣れ親しんできた。
現実に国家が存在するわけだから、この見方が必要ないとは言えない。
しかし、この見方が絶対でもないはずだ。
国民国家史を寄せ集めた世界史ではなく、一体としての世界史を新しく構想する際には、
国民国家史を相対化した過去の捉え方がどうしても必要になる。


おのおのの視座を超越したところからみた、あたらしい歴史のみかた。
「それは、ひとつのみかただけをおしつけるファシズムじゃないのか?」
イヤ、単一のみかたにこだわるのでないと。

(p161)
…私はある種の理論によって世界の過去が統一的に整理して示せ、
その結果としてみなが納得する唯一の世界史が叙述できるとは考えない。

世界はひとつだがそこに住む人の個性、境遇、考え方は様々なのだから、
多様な世界史の理解と叙述がある方が自然なのではないか。
同じ地平に立ってさえいるなら、全員が同じ方向を向く必要はない。
世界史の書き方は複数あるべきだ。


そうしたえがきかたをするために必要な、3つの方法とは。

(p166)
①世界の見取り図を描く
 ある時期の世界の人間集団を横に並べてその特徴を比較し、
 モデル化して相違点と共通点を指摘しながら全体像を把握する。

②時系列史にこだわらない
 ①で作成した世界の見取り図を、時系列によって連続的に理解するのでなく、
 一枚一枚を現代と比較する。

③横につなぐ歴史を意識する
 世界中の人々が、モノや情報を通じて緊密につながり、
 互いに影響を与えあっていたことを説得的に示す。

これはおもしろそうですね。
「歴史は順をおってまなぶものだ」というのは、かならずしも唯一の方法ではなくて、
もしかしたら、ただ学校でそうまなんできたから、というにすぎないのかも?

おなじ時期の、世界じゅうのひとびとのうごき・ながれをつかむというのは、
いま現在の世界情勢をしるのに、ぼくたちが日々していることなのかも。
それを、世界史をまなぶうえでもやってみたらどうか、と。

このかんがえかたにかなりちかいのが、武光誠監修『ヨコガク世界史』でしょうか。
みひらきのパノラマで、同時代に各地でなにがおきていたかを把握する構成。
こういう世界地図のホワイトボードで、円や線をグリグリひっぱって、
世界がつながっていることを、視覚的に説明してみたいですね。
(技術がともなっていないのはおいといて…)

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