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平野友康『ソーシャルメディアの夜明け』


ソーシャルメディアの夜明け―これからの時代を楽しく生きるためのヒントソーシャルメディアの夜明け―これからの時代を楽しく生きるためのヒント
(2011/12/25)
平野 友康

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あけましておめでとうございます。
つたないブログですが、本年もよろしくおねがいいたします。

帰省中の実家で食っちゃ寝しているだけでは、あまりに自堕落なので、
もちかえったこの本を一気によみきりました。
なにぶんとくに娯楽のないいなかだし、テレビ番組はほぼみないので、
(とはいえ、フジにスティーブン・タイラーがでたのはビックリでした)
じっくりよみこむことができたのでした。

ホントに贅沢な本ですね!
シンプルな表紙カバーに「#」がひかってうつくしい。
カラー写真のページをふんだんにつかい、アクセントに。
『ほぼ日手帳』のように、しおり2本でつかいやすく。
そして最大の目玉である、電子書籍2冊分のプレゼント(まだためしてませんが)。

デジタルステージのオンラインストアで購入したら、
オリジナルの付箋と、平野さん直筆のお礼状(のコピー)が付属。
ここまでしたら、ご自身で言及されていたように黒字にならないんじゃあ…。
せめて何度もくりかえしよんで、ことばをからだにしみこませたいものです。

文章のおおくは、発売のまえにFacebookで公開されており、
「ああそうそう、こうかいてあった」とおもいかえしながら、よみすすめました。
原稿のてなおしで平野さんがくるしんでいるようすもTwitterでしっています。
「表紙カバーのいろをどっちにする?」と見本をみせてくれたことも。

ネットをみれば、本のなかみがほぼぜんぶわかる状態。
ならば、わざわざカネをだしてかわなくていいのでは?
ところがどっこい、ぼくはこうして紙の本をかいました。
なぜか。
それはすでに、平野さんがかいているとおりです。

(p160)
今までの出版は、著者や編集者が人知れずにつくって、
ある日突然本屋に並んでいたものだった。
しかし、こういうふうにその本が生まれるプロセスをも多くの人と共有することで
〈みんなの物語〉になり、
〈みんなの集大成(思い出)〉へと変わるということ。
こうすることで、本が完成したときには、
すでに数千人が「ついに完成した!」と一緒に喜んでくれる状況を
つくりだすことができる。
従来の本のつくり方だと、書店でゼロスタートなのである。
もったいないという意味が分かってもらえただろうか?


ぜんぶしっている。
だからこそもっていたい。
そう、ぼくはなにも、本のなかの情報だけをかいたいわけじゃないんです。
本ができるまでの過程をおっかけていたときの、じぶんの思考、感情、
そうしたおもいで=物語をパッケージにして、てもとにとどめておきたい。
本づくりに付随するもろもろをふくめた、外部記憶装置としての本という位置づけ。

サカモト・ソーシャル・プロジェクト(skmts)の集大成/ひとくぎりとして、
この本でこれまでの軌跡をおさらいする、というのが、購読理由のひとつ。
いまひとつは、これからソーシャルメディアを活用するにあたって、
気をつけること、こころにとどめておくべきことをしり、実際につかうため。
ぼくが付箋をつけたのは、たとえばこのあたり。

(p83〜84)
…ソーシャルメディアではできるだけ心の奥底で思っていることも
素直に相談する、伝えることが大事だということだ。
なぜなら、結局は個人のメディアだから。
僕がユーストリームをやる以上、それは自分の番組であり、
僕と見てくれる人の関係性の上にすべては成り立っている。
だから僕が信頼性を失えばそれで終わりだし、すべてのリスクは僕にある。


(p163)
ソーシャルメディアでは受け手を馬鹿にしたり、
受けてにはバレないだろうと思ったりしたら痛い目に遭う。
距離感が近いから、偽りは必ずバレる。
〈人として当たり前のルール〉が分からない人や、
会社が手がけたものが失敗していくのは大抵それが理由だ。


(p202)
すべては人間関係が中心にあるのがソーシャルメディア。
だからそこでは丁寧にコミュニケーションすることが重要なのだ。
個人を尊重して捉えないと何ひとつ先に進まないし、
悪い意味でマス的で古い考え方になる。


相談すること、ウソをつかないこと、コミュニケーションをとること。
なにもソーシャルメディアだから特別にこう、というのではなく、
(技術的なことでは、もちろん特殊なことがあるでしょうが)
基本は、いまいきている人間の生活とおなじ。

あいてを信頼しなければ、あいてからも信頼されない。
結果、ソーシャルメディアとしては、たちいかなくなると。

ぼくがIWJ愛媛でUSTREAM中継している映像は、
1回の視聴者が数人〜数十人くらいのちいさな規模ですが、
イヤ、だからこそ、モニタのむこうの「個人」をおざなりにしてはダメですね。
時間をさいて中継をみてくれているひとたちを、
ただの数としてしかとらえられなくなったら、おしまいです。

そこで重要になるのが、このブログでもなんどかかきましたが、ラブ度
ことばの定義は「ある物事や事象における愛着の深さと信頼の密度」(p45)。
これまでたよりきっていた、既存の大手メディアとの関係において、
たとえ莫大な人数がみているとしても、そのラブ度はかならずしも正比例はしません。

(p46)
これまでのメディアでは、この “分母の大きさ” こそがそのメディアの価値だった。
10万人が見ているものよりも100万人が見ているもののほうが10倍大きな価値があると。
だけどソーシャルメディアはそうではない。
大胆に言いきってしまうと、そのメディアでやっていることが、
どれだけの人々に愛されているかにこそ価値があるのだ。
どんなに見かけ上の数が多くとも、愛されていなければそこに価値はない。


(p62)
だから僕は、「より多くの人が観られる」ことを狙って番組をつくるやり方よりも、
ソーシャルメディアにおいては、
中身であり、メッセージであり、ラブ度の強さを大切にすることを勧めたい。
ソーシャルメディアの時代においては、
同時により多くの人が観られることが素晴らしいのではなく、
どれだけの人が熱狂、熱中したり、
あるいは刺激を受けたり、我を忘れちゃうほど興奮して楽しめるかにこそ、
大きな魅力があると思うから。


さきに数ありきではなく、まずは量より質。
研鑽をつみかさね、ちゃんとしたものをつくっていけば、数はついてくる。
質のたかさの指標としての、ラブ度。

(p68)
ソーシャルメディアに必要なのは、ラブ度。
これがすべてだ。


めずらしく時間をかけてながながとかいていますが、ついでにもうすこしだけ。
平野さんが提唱している、たくさんの「小さなメディア企業」(p131)の誕生のこと。
これに賛同したい。
もっといえば、県内のさまざまなうごきを中継・実況することを、
仕事外の余技ではなく、本業として活動したいのです。

といって、すぐにうごけるような余裕があるわけではなく。
なんのツテもないし、具体的にどうすればいいのかも、まるでわかっていません。
いつ実現できるか、まるでわからない。
それでも、この箇所をよんで、きもちはグンとうごきました。

(p117〜118)
ソーシャルメディアの夜明けは、静かにやってきた。
この革命は、外から見たときには静寂に包まれている。
相変わらず外の街並みは普段と変わらないだろう。
何もなかったように過ぎていく日々の中で、
音を立てずに大きな変革が始まっているのだ。

そして僕らは考えることになる。
何のために毎日働くのか、何のために毎日生きるのかと。
何を大切にするのか、何を優先するのか。
何を捨てるのか、自分の時間をどう使うのかと。


じぶんが充分に活動できるのこり時間をかんがえるなら、
できるだけはやくうごきだして、じぶんのちからをそこに傾注させたい。
かなうならば、24時間のすべてをそのしごとにつかいたい。

ソーシャルメディアをつかって、ひとびとのうごきをつたえること。
興味をもったひとたちとの交流をうみだすこと。
それをじぶんのしごとにしたいと、つよくおもっているのです。

ああ、くちにだしてしまった。
でも、きもちをかくしていては、信頼はえられないのですから。

(p112)
だから、僕はこれからソーシャルメディアについて考える人、
この世界に飛び込んでくる人たちに伝えたい。
ほかの人がどうとかじゃない。
世の中がどうなるのかじゃない。
あなたやあなたの周囲の人たちが、
ラブ度を感じるコミュニティがどう変化するかが大事なのだ。


「世の中を変えたいなら自分を変えろ」と、草薙素子少佐もいっていましたっけ。
じぶんをかえたい。かわりたい。
こんなにつよくおもえたのは、たぶんはじめてです。

これほどの変化を、「夜明け」をみせてくれた平野さんに、あらためて感謝します。
これからもおりにふれてよみかえすであろう、
じぶんにとってのベースキャンプのような本になりました。

2012年が、おおきな変革の年になりますように。そうできますように。

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