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上杉隆『官邸崩壊 日本政治混迷の謎』


官邸崩壊 (幻冬舎文庫)官邸崩壊 (幻冬舎文庫)
(2011/11/10)
上杉 隆

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年があけて「もとジャーナリスト」となった上杉隆氏が、
みずからの「遺書」だというのが、2007年に単行本として出版した本書です。

(p300〜301)
『官邸崩壊』を「遺書」というのは、本書の出版をもって、
私は、自身の目指してきたジャーナリズム活動を休止したからに他ならない。
もはや、書きたいことはすべてこの本に書いた。
嘘偽りなく、満足し、燃え尽きたのだ。


単行本時のサブタイトルは「安倍政権迷走の一年」。
今回、文庫化にあたって、表題のように変更されました。
『官邸崩壊』は安倍政権にのみみられた現象ではなく、
その後の政権、そして民主党政権においてもくりかえされつづける現象である、
という、上杉氏の確信からでしょう。

(p124)
危機意識の欠如、
それはこの政権を覆う共通の空気であった。
損失を最小限に食い止めるため、
即座に手を打つという戦略が採用されることはまずない。
誰もが早々と自分とは無関係であると結論付け、
第三者の余裕で事の成り行きを見守る。
成功に対しては異常なまでに執着するが、
失敗が迫り来るとそろって目を瞑る。
そして危機が直前まで来た時になって、
ようやくその重要性に気付くのだ。
もちろんその時には手遅れである。


「この政権」は、文中ではもちろん安倍政権のことですが、
このくだりをいまの政権にあてはめても、もしや違和感がないのでは。
3.11を経過した日本が、諸外国からどうみられているのか。
低線量にさらされるこどもたちの健康についてはどうか。
危機意識があるのなら、いまのような状況にはなっていないのではないか。

ほかにも『官邸崩壊』にいたる要因が、くりかえしあげられます。

(p143)
万事、官邸はこういった調子で仕事が進んだ。
何よりも、安倍からの評価、
そして安倍といかに自分が近しいかをアピールすることが優先される。
仕事の中身は二の次だ。
たとえ政権にとって困難な情勢が近づいても、悲観的になる必要はない。
全体の責任が自分に問われることはないからだ。
こうした惨状が、安倍官邸のとんでもない失敗の原因を次々と作り出した。


(p228〜229)
政権には驚くべき楽観主義が横行していた。
誰も目前に迫っている危機に気づかない。
いや気づこうともしない。
手柄は進んで求めるが、危機は意識的に遠ざける。
安倍官邸の習性がここでもいかんなく発揮される。
こうして結局安倍自身が、戦闘の最前線に押し出されるのであった。


(p239)
官邸は自らその任命責任を放棄したばかりか、
何の代価も払わずに閣僚の一人を野に捨てたのである。
やがて松岡
(利勝。当時の農林水産大臣。引用者注)に下した宣告は、
他の政権参画者にも波及し、松岡自身をも追い込むことになるだろう。
だが、そこまで思いを馳せることができない。
守ることもせず、かといって何らかの決断を下すわけでもない。
安倍のそうした曖昧な行為は、この政権にあって極めて象徴的であった。


責任をとらないこと。
そのことが、本来おさまるはずのわるい事態を、さらにわるい方向にむかわせる。

二者択一をせまり、さからうものを容赦なくきりすてる前任者にくらべて、
優柔不断でひとのいい安倍総理は、旧来の自民党体質からは歓迎された人物でした。
しかし、そのあいまいなやりかたでも内閣支持率の低下がとめられず、
後期の安倍政権は一転、法案の強行採決をくりかえすようになります。

(p244)
…側近らの不祥事は一向に止まず、内閣支持率は続落する。
果たして、何をやっても同じだ、と気付いた時、
安倍は、驚くほど頑固な独自路線を邁進することに決めたのである。
実際、彼は頑迷な政治家であった。
一度物事を決した時の安倍からは、父にあったような優柔不断は消え、
替わりに、祖父のもつ頑迷固陋が宿るのである。


あいつぐ閣僚交代、参院選惨敗、人事権の事実上剥奪、脱税問題、母入院。
『官邸崩壊』と並行して、安倍総理自身の心身も崩壊にむかっていました。
そして2007年9月、突然の辞任。

こわれゆく官邸のなかにいた人物たちも、こまかく描写されています。
通称「チーム安倍」といわれた、世耕弘成、山谷えり子、井上義行、etc…。
これらメンバーのまとめ役となったのが、官房長官・塩崎恭久氏でした。

塩崎氏については、先月『国会原発事故調査委員会』でとりあげました。
愛媛県選出でもあり、注目しているかたなのですが、
その塩崎氏についても、上杉氏は冷静にかきしるしています。

(p80)
安倍政権にあって、塩崎こそがもっとも献身的に働き、
あらゆる政策決定に絡んでいる人物となった。
つまり塩崎は、調整能力が待たれる官房長官という役職にあって、
政策能力を誇示する人物だった。

その塩崎が官房長官に就任した時、政治記者たちから一斉に警告が発せられた。
これで官邸は機能しないだろう。
次期政権は必ず行き詰まる。
彼ほど調整役に向かない人物はいない。
要するに、安倍は人選を間違ったと言いたいのだ。


もし塩崎氏が、官房長官でなく、べつの閣僚ポストについていたら。
安倍総理がもっとも信頼する人物であったがために、
塩崎氏の活躍する場の設定をあやまったのではないか―。
歴史にIFをかたっても詮ないことではありますが。

ともあれ、上杉さん、ジャーナリスト活動おつかれさまでした。
「ウエスギリークス」の展開もふくめ、今後のご活躍を祈念するとともに、
どうか身辺には何重も気をつけられますよう。

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