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上杉隆『新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか』


新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか (PHP新書)新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか (PHP新書)
(2012/02/15)
上杉 隆

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書名のナゾに対するこたえのひとつは、
本書にでてくる記者クラブ関係者たちが、現場にいないことがあげられます。
その場にいないのに、安楽椅子探偵のごとくご高説を開陳するマスメディア人。

(p26)
さて、「思考停止」の記者たちが書いたメモが、
仮にあるデスクが4人の部下を抱えていたとすれば、その4人から継続的に届く。
それを見ながらデスクは記事を書くわけだが、
彼自身は現場に行っていないから、その記事には現場感がない。
だから、日本の新聞やテレビには、
そうした意味での飛ばし記事や間違いが増えることになる。


(p28)
取材の現場にいなかったデスクからしてみれば、
「★」があるとないとでは、わかりやすさがまったく違ってくる。
そこで印をつけてくる記者には「おまえ、いいメモを上げるな」、
逆に何もついていないと
「もう少しわかりやすく書けないのか。どこがポイントなのかわからないんだよ」
となることが容易に想像できるだろう。


したっぱの記者たちがもってくる取材メモ。
その段階で、すでに記者によって最初の「編集」がなされています。
当人に悪意があるとかいうことではなく、あくまでもその人物からみた内容になるという。
じかに現場をみて、きいて、感じとった人間が記事をかくのではなく、
ナマの情報にまったく接していない上司が、編集された情報をさらに編集する。

(日本の)新聞やテレビ局の記者のしごとが、
じぶんのあしで情報をしいれて記事をかくことだとおもっていましたが、
それはドラマのみすぎ、幻想であることを、本書はおしえてくれます。
取材対象者の発言をひたすらメモし、その記録をデスクにわたすこと。
大事なニュースをおとすことのないよう、各社が協力しながら。

そうしてかかれた記事を批判しようとしても、
「◯◯記者がかいた記事のなかの〜」と言及することが、なかなかできません。
たいていの記事は無記名であり、「△△新聞の記事の〜」というかきかたになります。
よしんば記名記事であっても、一から十までその人物がかいたものかは、はたして。

現場にいないといえば、東日本大震災における避難地域について。
原発事故のあと、福島第一原発から半径20km圏内は避難区域となり、
20〜30km圏内の住民には自主避難がすすめられました。
このころ、ビデオジャーナリストの神保哲生氏が20km圏内にはいって撮影し、
その映像を公開しています(ぼくもニコニコ生放送でみました)。
おなじころ、マスメディアはどうしていたかというと。

(p72〜73)
じつは既存メディアには、放射能事故が起きたときに
「この圏内に入ってはいけない」という内規がある。
時事通信社は60km、朝日新聞社や民放各局は50km、NHKは40km。
つまり、政府発表の「避難区域は20km圏内」、
よって、それ以外の地域は安全だと報じておきながら、
既存メディアの記者たち自身は、実際にはその地域に入っていなかったのだ。

たとえば、半径20〜40km圏内に住む被災者は、
NHKの記者に「周辺の様子をビデオに撮ってきてくれ」と頼まれた。
撮影したのちに連絡したところ、取りにくるのかと思いきや、
「もってきてください。ぼくたちはそこに入れないんです」と言われたという。
彼らが激怒したことは、言うまでもない。


じぶんの目で現状をみたうえで「ここは安全だ」と報じるのならともかく、
ナマの情報をひとまかせにして、そのうわまえをはねるようなマネをするとは。
社会の公器でもって文章をかく(ためのメモをつくる)人間が、
現場にいけずメディアにたよる一般人とおなじ態度でどうするか、というはなしです。

もうひとつ、自由報道協会の記者会見について。
自由報道協会主催の記者会見は、ニコニコ生放送のコンテンツでもあり、
参加している記者個人がUSTREAM中継もしています(岩上安身氏、畠山理仁氏など)。
記者の質問内容にいたるまで、すべてノーカット・編集なしの生中継。
身元証明さえすれば、だれでも会見場で質問ができる場ですが、こういう批判が。

(p114〜115)
自由報道協会で小沢氏の会見を実施した際、
テレビコメンテーターで元読売テレビ報道局解説委員長の辛坊治郎氏は、
「自由報道協会は甘い質問ばかりする!」とかみついた。

(中略)
ジャーナリストの江川紹子氏はそれを受けて、
「自由報道協会の会見は大メディア記者も辛坊さんも出られるので、
 来られて熱い質問でも冷たい質問でもすればよろし」とツイッターで述べた。
既存メディアのなかでポジションを確立した人物ほど、
会見には来ない「スタジオ弁慶」になりがちで、現場の雰囲気を知らない者が多い。
辛坊氏の批判は、その典型だといえるだろう。


そう、じぶんから発言をもとめに、現場にやってくればすむはなしなのですよね。
「いそがしいから」とか「そういう立場にない」とかいうのでしょうが、
そんなもの、真実を追求するというジャーナリストさまなら、なんとでもなりましょうに。

ジャーナリズムの世界にいない、ごくふつうの一般人のなかに、
じぶんで線量を計測して公開したり、地方議会の議員にはなしをききにいったり、
そういうナマの情報をもとめてうごいているひとたちが、たくさんいます。
伝聞情報でもネットのうわさばなしでもない、信頼のおける第一次情報です。
いまの新聞・テレビは、そのひとたちの活動にもおとるということでしょうか。

このような時代に、どうやって情報と接すればよいのか。
さいごの第7章において、いくつか方法がしめされていますので、参考までに。

(p172)
…たとえば、みずからが目にした確実な情報は「100%」、
確実な人物から聞いた情報なら「70%」、ウワサ段階では「20%」といった具合に
「濃淡」を記す。
そうすることで受け取る側も、その信頼度を測りやすくなる。


(p174)
自分に否定的な情報をより多くキュレーションするように心がけるのだ。
たとえば〈B〉
(右派傾向。引用者注)なら、
より左派傾向の意見を取り上げるようにすれば、
相対的に健全なキュレーターになるだろう。


(p176)
…どちらの意見を採用するかを決めるのではなく、一つひとつの論点を吟味すること。
「この点はこちらに賛成。しかし、この点についてはもう一方に賛成」といった具合に。


「新聞にかいているからホント」「テレビでいっていたからホント」という時代は、
とっくにおわってしまったといえます。
どの情報がホントで、どれがウソなのか、個人個人でみきわめなければならない。
まいにちのしごとにおわれる一般人にとっては、キツい作業です。

ならば、だれのはなしを、どこまで信じられるのか、しっかりとかんがえること。
発言している人物の、それまでの活動や発言をよく吟味して、信頼性をはかること。
ツイッターの発言なら、ツイログでさかのぼることができるし、
映像なら、YouTubeやUSTREAMのアーカイブで確認することができます。

情報をうけとるだけでなく、ナマの情報に接して、それを拡散したい。
そういうおもいで、IWJの活動に参加しています。
できるだけのことをしたいとおもうので、今後ともよろしくおねがいいたします。

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