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もんじゅ君『おしえて!もんじゅ君―これだけは知っておこう 原発と放射能』


おしえて! もんじゅ君―これだけは知っておこう 原発と放射能おしえて! もんじゅ君―これだけは知っておこう 原発と放射能
(2012/03/02)
もんじゅ君

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そうか、もんじゅ君のはなしをききはじめてから、もう10か月になるんだね。
はじめてもんじゅ君のツイッターのことをしったころは、
「どこのお調子モンがウケねらいでふざけたことを」くらいにおもってたけど、
むずかしいことをていねいに説明したり、被災者のことをおもいやったり、
真摯でやさしいひとがら(原子炉がら?)が、だんだんすきになっていったんだ。

そんなわけで、もんじゅ君の初の著書、よませてもらったよ。
これまでツイッターでつぶやいてきたことが、よみやすく整理されているね。
原発のこと、放射能のこと、あらためて勉強になったけど、
もんじゅ君がだいじだとおもっているのは、そうした知識そのものよりも、
知ろうとすること、そのための情報をいろんなところからしいれること、
そういうメディア・リテラシーのほうなんじゃないかなって感じたんだ。

(p118)
だから完全な正解をさがすとか、◯◯先生のいってることはいつもただしいとか、
△△先生のはなしはぜんぶウソ、って考えちゃうよりも、
いろんな情報源を持つことがだいじなんじゃないかなと思うよ。


(p119)
どれかひとつだけを信じるのは、
じつは気が楽になるんだけど(つねに自分で考えなくてよくなるから)、
他から目をふさぐことになっちゃって、危ないかもしれないなって思うの。


(p122)
藤波心 震災以降、政府とか報道に対する信頼は減っちゃった感じはしてるけど、
どれかが絶対に信頼できるっていうよりも、意識していろいろみて、
いまはこれがいいんじゃないかなって決めるようにしています。
あとは家族でよくはなしあいますね。

もんじゅ君 ボクも、いろんな情報源をもって、くらべることがだいじだなって思うの。
原発についても、みんなではなして、決められたらいいよね。


情報に接するときの注意点については、もとジャーナリストの上杉隆さんも、
『新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか』でこうかいていたよ。

(p176)
では、情報を受け取る側はどうだろう。
発信者と同様、やはり人間たるもの自分の好む情報を集める傾向があり、
どうしても情報には偏りが生じてしまう。

その解決策として、ある問題に対して正反対の二つの意見を見つける方法があるだろう。
そこで大切なのは、どちらの意見を採用するかを決めるのではなく、
一つひとつの論点を吟味すること。
「この点はこちらに賛成。しかし、この点についてはもう一方に賛成」といった具合に。


政府や省庁、原子力安全・保安院などの情報をうのみにすることはもうできないけど、
だからといって「ネットこそ真実」というのも極端な態度だよね。
どれかの情報源「だけ」を、盲信する/かたくなに信じない、というのは、
むいている方向がちがうだけで、やっていることはかわらないわけで。

上杉さんもかいているけど、ホントにだいじなのは、
「テレビでいっているからホント」「テレビでいっているからウソ」じゃなくて、
「このひとの情報は、どれくらい信用性があるか」をじぶんで判断すること。
「そのひとじしんでみてきた情報か、だれかからきいたものか」で判別すること。
おなじひとの情報でも、なかみによって信頼度の濃淡をつくれるようにすること。
そういう態度なんだって、あらためておもったんだ。

ぼくがこの本をよんで、いちばんハラがたったのが、松田公太議員にきいたはなし。
原子力損害賠償支援構法の成立についてのくだりだったっけ。

(p84)
もんじゅ君 なんでそんなおかしな枠組みが可決されちゃったのかな?
松田公太 うん。そこのところ、官僚にきいたら、
「最後は空気で決まる」といわれてしまった。

もん 敗戦前の日本軍みたい……。
松田 その「空気」をうみだしているのは、原発の利権者たち、
いわゆる「原子力ムラ」といわれるところの人たちなんだよ。


国にとって、国民にとって、とてもだいじな法案を、
議論をつくしてきめるのかとおもったら、「最後は空気で決まる」だなんて!
だれかが責任をとることもなく、「イヤそういう空気だったから」でにげられちゃう。
山本七平さんの『空気の研究』っていう本をおもいだしたんだけど、
たしかあの本でも、「空気」がものすごいちからをもっていて、
論理や分析をもってしても対抗できなくて、責任追及もできないってかいてあったよ。

もんじゅ君や上杉さんがやっているのは、そういうよどんだ「空気」にかぜをあてて、
情報のかぜとおしをよくすることだとおもうんだ。
「こういう意見もあったのか」「でもあのひとはこういってるよなあ」って、
いろんな見かたを提示して、情報のうけてじしんでかんがえるようにすること。
あるいは、じぶんじしんで情報をつかみとって、かぜをおこすようになること。

もんじゅ君がたいせつだといっている(p127)、
「ヘンだなと思ったことをヘンだといえる空気」
「ギモンに思ったことを口にだせる空気」
「社会や政治について話題にするのを、かっこ悪いとみなさない空気」

おなじ空気でも、こっちのほうが呼吸していてきもちいいよね。

ぼくもこういう空気をつくれるように、できることをやってみるよ。
もんじゅ君、これからもよろしくね。

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