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芦奈野ひとし『新装版 ヨコハマ買い出し紀行』


ヨコハマ買い出し紀行 1 新装版 (アフタヌーンKC)ヨコハマ買い出し紀行 1 新装版 (アフタヌーンKC)
(2009/10/23)
芦奈野 ひとし

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ごぶさたしております。
春やすみもおわって、世間が入学式・始業式・入社式と、
あたらしいスタートをきっているころに、こちらもリスタートしようとおもいます。
…というのはあとづけで、年度きりかえでバタバタしていただけですスミマセン。

きょうのNHKクローズアップ現代は、
「自分の人生、どこまで記録?〜広がる “ライフログ” 」でした。
じぶんのあらゆる行動を、デジタルデータ/手書きで記録するライフログ。
ぼくもこうして、じぶんがよんだ本の感想をブログにかきつづっているわけで、
じぶんのこととしてみていました。

ゲストは「ほぼ日手帳」でおなじみの糸井重里さん。
手書きのライフログをつけているひとたちについて、こうかたっていました。
「書いていくことできたえられた、ということがあるとおもう。
 書いていくことをつづけると、感じる能力がたかまるような気がする」

じぶんのちかくにある、なにげないけどすばらしいものたち。
それらを感じとり、記録としてのこす能力というのは、
日常の習慣としてつづけていくからこそ、たかめられていくのですね。

この回をみて、ハッとおもいだしたのが、
『ヨコハマ買い出し紀行』にでてきた、アルファさんのカメラでした。
西の岬でカフェをいとなむ、ロボットのアルファさん。
旅にでたカフェのオーナーから、宅配便でおくられてきたのが、このカメラ。

カメラといっても、ぼくらがつかうデジカメやスマートフォンとはちがいます。
カメラにコードをつないで、片方を口にくわえて目をとじると、
あたかも、写真をとった瞬間をふたたび体験しているかのように、
そのときの景色がみえてくる、というものです。
人間がデジタルデータや紙の写真として認識するのとは、べつの手法という感じ。

(4巻p44)
夕方の あの時からの時間経過が まるでうそのように
今 確かに目の前にひろがる光景
動きこそしないけれど 少しなら視点をずらすことさえできる


これはすごい。
そこにじぶんがいた、という実感を、いつでもよびおこすことができるわけです。
その瞬間の感覚を真空パックしておくようなものでしょうか。
視覚情報や聴覚情報は、いまの技術でも記録することができますが、
そこにたしかにいたという感覚は、脳内でおもいうかべることしかできません。
その点では、究極のライフログといえるかもしれませんね。

(4巻p47〜48)
私は このカメラのことを
本気で 時間旅行機のように 感じることがある

目をあけるときは
一瞬 ほんとうに どちらが今で どちらが昔なのか わからないくらい


クロ現では、まいにちの行動を詳細にデジタルデータ化しているひとが、
「最近、とおい過去のできごとが、現在のことのように感じる」とかたっていました。
むかしの写真などを、まいにちあれこれ整理しているために、
なつかしくおもわなくなってきている、とも。

将来のぼくたちが、もしアルファさんのカメラを日常でつかうようになったとしたら、
はたして「なつかしい」という感覚は、まだもちえているのでしょうか。
いまのぼくたちは、とおくはなれたともだちであっても、
ツイッターやフェイスブックで交信することができるために、
「去る者は日々に疎し」という感覚も、ちょっとずつ変化してきているようです。
そのことがどういう意味をもつのかは、やがてわかっていくのかも。

ぼくがカメラのエピソードですきなのは、2巻収録の第12話「ナビ」。
カメラをちいさな革のバッグにいれ、腰につけて、いざ撮影に。
スクーターであちこちをまわり、ポイントをきめて撮ろうとするのだけど、
「まだいいか」「もうちょい先かな」と、なかなか撮らないアルファさん。
一枚にしぼって、海岸からみえる夕景を、ときめたのですが。

(2巻p16)
撮らなかった
なんだか おもいっきり見入っちゃった
当分は味わえるわ


確実にはっきりと記録されるデータとしてはのこさず、
やがてうすれゆく記憶として反芻する、というたのしみかたもあるってことですね。
そういうファジーな、フワフワした感じというのは、
ライフログにゾッコン、というひとたちには、どうみえるのでしょうか。

ぼくも、このまえかったデジカメを、腰のホルダーにいれて装着しています。
USTREAM中継したイベントなどの記録としてつかっているのですが、
ふだんづかいで、ちょっとしたスナップをとるというのは、
まだそれほどおおくありません。

「あれもこれも、目にみえるものはすべて記録しておきたい」というきもちは、
そのうちぼくにもわいてくるのかもしれませんが、
いまはまだ、気がむいたときにとってみるか、くらいです。
年月がたったときに、またおなじテーマでなにか書いてみたいですね。
じぶんがどういうふうに変化しているか、このエピソードのみかたがどうかわるか、
それをしるのがたのしみです。

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