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ローリングストーン日本版5月号「小室哲哉 飽くなき探求―TM NETWORKの軌跡」


Rolling Stone (ローリング・ストーン) 日本版 2012年 05月号 [雑誌]Rolling Stone (ローリング・ストーン) 日本版 2012年 05月号 [雑誌]
(2012/04/10)
不明

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先週WOWOWで、チャリティー・イベント『ALL THAT LOVE』を鑑賞。
「騒ぎ屋」の面目躍如、トップバッターとして一気に場をもりあげた米米CLUB。
解散以来16年ぶりのライブとなった、プリンセス・プリンセス。
そしてトリは、FENCE OF DEFENSEをサポートに登場したTM NETWORK。

80年代(のソニー系バンド)というコンセプトのイベントということで、
オリジナルのアレンジをおおきくは踏襲しながらも、
じつに骨太のバンド・サウンドで、迫力のある音をきかせてくれました。
ウツのうたごえが、ここ数年でいちばんよくでていたとも感じました。
(ただ、歌詞をトチらなかったのはウツらしくないなあ…失礼)

そのステージの2日後におこなわれた、小室哲哉ソロ・インタビュー。
(写真をのぞいて)約6ページ、かなりなかみの濃い内容になっています。
タイトルどおり、おもにTM NETWORKのこれまでの足跡、そして新曲について。

(p30)
そもそも僕にとってTMはラボというか実験場みたいな部分もあって、
自分がやりたい音楽をやれる場所なんです。


TM NETWORKのこれまでの作品群をみてみると、
ひとつのバンドがここまでいろいろな音楽性をみせることに、おどろきます。

シンセサイザーをつかったポップスというブランドを確立したあと、
『CAROL』(1988年)で生バンドのやわらかいサウンドを前面にうちだし、
直後に『DRESS』(1989年)で、既発表曲を四つうちユーロビート仕様に。
1年後「TMN」と改称し、『RHYTHM RED』(1990年)でアメリカン・ハードロック。
『EXPO』(1991年)は集大成のように、あらゆる音楽性をのみこんだ作品でした。

再結成後、『Major Turn-Round』(2000年)は70年代プログレッシブ・ロック。
『NETWORK』(2004年)はglobeでもこころみたトランス、
『SPEEDWAY』(2007年)はTM NETWORKの前身となるバンドの新作として。
これだけコロコロと音楽性が変化していっても、
3人の個性によって、TM NETWORKの作品として認識できるのはすごいですね。

つねにあたらしい存在でありたかった、スピードをあげて変化したかった。
リーダー・小室哲哉の発想の根底にあったのは「焦り」。
あの小室さんが意外というか、あるいはプロデューサーとして当然というべきか。

(p34)
新しい波がどんどん来てたので、デビュー当時とは違った焦りが出てきた。
若手のバンドブームとか。
いちばん象徴的だったのは、TMのサポートをやってくれていた松本(孝弘)くんが
B'zで人気が出て、あっという間にTMの売り上げを追い抜いたり(笑)。

ダンス・ミュージックとロックの融合を考えて作ったとか思ってなかった。
むしろ焦りとか、そういうところから生まれたもの。
ちょうど日本のJ-POPがロック寄りに傾き始めて、さらにXみたいなバンドが出てきたり、
そういう時代背景から出てきたものなんです。


もともとは洋楽ロック一辺倒のリスナーだった小室さんですが、
自著『罪と音楽』では、日本のいろんなポップスを分析もしています。
そのときどきの音楽シーンをよーく観察して、
TM NETWORKがだすべき音楽は、どのようなものであるべきか、
仮説をたて、実験し、結果をだし、それをフィードバックしていく。
小室さんがしてきたことは、そのくりかえしだったといえるのかも。

それにしても、じぶんのサポートメンバーにうりあげをぬかれたことを、
これほどあっけらかんとかたれるなんて。
それだけの時間がたったということかもしれないし、
そのことを冷静にみすえられる目をもっている、ということでもあるのでしょう。
(ぼくがB'zをききはじめたのも、90年代初期からでした)

そうした小室さんの目が、80年代のただなかでみすえていたのは、
さきにブレイクをはたしていたBOOWYでした。
80年代なかばごろの知名度でいえば、BOOWYのほうがかなりうえだったでしょう。
そのかれらを、いまのじぶんたちがめざす、ひとつの目標として。

(p32)
TMには “Be Together” って曲があるんですけど、
あれはBOOWYの “Be Blue”
(原文ママ)を意識して作ったんです。
タイトルも “Be” から始めようとか。

『PSYCHOPATH』(87年)ってアルバムが出た時には、
ヤラれたなぁというか、かなり上を行かれたなぁって感じだったんで、
そこで奮起して僕らは『humansystem』ってアルバムを作ったんです。
もちろんセールス的には比べ物にならないほど差がありましたけど、
クオリティ的には高いものになったんじゃないかなと。
だから88年に突然解散してしまった時は、
ちょっと困ったなぁというのはどこかにあったかもしれないですね。


ふだんは同一ミュージシャンのタテのつながり(歴史)を意識して音楽をききますが、
こういうふうに、ヨコのつながり(同時代性)を意識するのもおもしろいですね。
あるいは、ソニー系とかEMI所属とか、レコード会社のちがいをみることも。

ほかにもいろいろ、よみごたえのあるはなしがたくさんあるのですが、
気になるのは、いよいよあす・あさってにせまった、武道館単独公演のこと。

(p35)
あのイベントでは80年代っていう基本的なコンセプトを踏まえてやったので、
例えば音色とかアレンジとか抑えてやったんですけど、
4月の武道館は2012年のTMを見せたいなと。
最近はそればっかり考えます。
やっぱりTMのことをすごく考えるヤツなんだな、自分は(笑)。そう思います。
TMでみんなを驚かせたいんだって。


「驚かせたい」というのも、小室さんをかたるうえでの重要なキーワードですね。
これまでの音楽の変遷をみても、
予定調和な展開というのが、ホントにすきじゃないんだなあと感じます。
「あの音色がききたい」「あのアレンジがすき」というファンのこえをきいてもなお、
より斬新な、よりじぶんがおもしろいとおもう音楽のほうへ、どんどんすすんでいく。
その姿勢が一貫しているからこそ、これまでずっと小室さんをみてきた、というか。

ぼくは1994年の東京ドーム「終了」ライブが、いまも愛聴するほどにすきですが、
その再現をするだけだったら、ここまでききつづけていなかったとおもいます。
変化をおそれないこと。
そのことを、TM NETWORKのありかたにおしえられてきました。

25日には、映画館にライブの同時中継をみにいきます。
こんどはどんなあたらしさをみせてくれるのか、たのしみにしています。

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