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ギレルモ・デル・トロ監督『パシフィック・リム』(吹替版)


パシフィック・リム (角川文庫)パシフィック・リム (角川文庫)
(2013/07/25)
アレックス・アーバイン

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\ロケットパァァァンチッッッ!!!/

これがきけただけで、ぼくとしては十分満足です。
ありがとうございました。

…でおわるというのも味気ないので、いろいろと。

じつは3Dメガネをかけて映画を見るのは、これがはじめて。
もともとメガネをかけていて、そのうえさらに、というので躊躇していて。
で、今回3Dしか選択肢がなかったので、やむをえず。

装着してみると、やはり重いです。
鼻と耳に、すこしばかり負担がかかる感じでした。
かといって、もとのメガネをはずしたら、ろくに見えなくなってしまうし。
いずれ度数調整可能な3Dメガネが開発されるのを、まつしかありませんね。

予告編を見るに、字幕がいちばん手前にうきでてくるのですね。
情報量がおおくなって、映像に集中できないかも…とおもって、
今回は吹替版にしてみました。
…いや、それは建前。
声優陣のかおぶれをみた瞬間に、これは吹替版だ!とこころにきめていたのです。

だって、かんがえてみてください。
上司が玄田哲章、
オペレーターが千葉繁、
トップパイロットが池田秀一、
博士が古谷徹&三ツ矢雄二。
こんなドリームチーム、めったにおがめるもんじゃありませんよ!
千尋じゃないけど「ここで働かせてください!」ってレベルですよこれ。

脚本がありきたりとか、人物描写がうすっぺらいとか、
そんなことはどうでもいいんですよこの際!
これだけのメンツがあつまって、
スーパーロボットと巨大怪獣の、血沸き肉踊る殴り合いバトルがみられて、
ほかになにをのぞむというんですか。

さて、そのバトルシーンですが、全体的に暗い。
夜中の、しかも大雨のなかでたたかうシーンが大半。
クライマックスは、光もとどかない深海です。
怪獣のすがたがぜんぶ見えてしまうよりは、
くらがりで見えにくいくらいのほうが、
より恐怖をかきたてられる、ということでしょうか。
あるいは、CGをつかう際のテクニックなのかもしれませんが。

雨天のなか、怪獣を下から見上げるあのアングル、たまらんです。
平成ガメラ3の京都決戦での見せかたですね。
ただ、バトルのテンポはメチャクチャはやいです。
「あれ、いまどうなった?」と、おいつけなくなった箇所が、じつはいくつか。
いわゆる「間」「タメ」というのは、あまりなかったかな、と。

怪獣の造形は、お世辞にも愛嬌があるとはいえず、かなりコワモテ。
一応、分類はされていますが、正直どれがどれだか。
その見分けのつかなさにも、ちゃんと理由があって、
全個体のDNAがおなじで、クローン培養された生体兵器だというのです。
しかもおたがいにリンク、並列化していて、
一体が戦闘でえた経験値を、ほかの個体も共有できるというすぐれもの。
(凶暴化したタチコマ、とでもいいましょうか)

怪獣の正体を知るには、怪獣と精神をリンクしてみるしかない。
そこで、ニュートン・ガイズラー博士(CV:古谷徹)が、
以前にたおした怪獣の脳とのドリフト(意識共有)を実験。
結果、上記のような怪獣の秘密を知ることができましたが、
「おたがいにリンク」なので、ニュートンの情報も怪獣たちのほうへ。

密命をうけて香港の街へでたニュートンですが、そこへ怪獣が上陸。
防護シェルターへにげこむも、その壁をつきやぶって怪獣が出現。
「あの怪獣はぼくを追っているんだ!」
腰をぬかしてうごけないニュートンに、怪獣の触手がちかづきます。
敵意をもった接近ではなく、むしろ興味をもってしらべているような。
(この触手、ガメラ3で前田愛にまとわりつくイリスのそれをおもわせます)

パンフレットより、尾崎一男氏の解説。

 人間を制圧し、地球を征服しようとする異界の種族によって、
 海底の暗い闇から送り込まれてくる怪獣たち。
 彼らはクローンという他者の意思によって望まぬ生を受けたあげく、
 侵略のための斥候として使われる哀しい立ち位置にいるのだ。
 
 そして彼らは地上ではスーパーロボット、イェーガーの手で迎撃の憂き目に遭う。
 ヒーローによって退治されるという、和製怪獣の宿命ともいえる悲劇の体現。
 怪獣たちは苦痛の叫びにも似た咆哮をあげながら、
 その感情は誰にもいっさい理解されない。
 唯一、両腕に怪獣のタトゥーを彫り、彼らを研究し精神融合を試みようとする、
 マニアックな愛情を示すガイズラー博士がいるが、彼はある意味、
 怪獣に寄り添おうとするデル・トロの分身と呼べる存在なのかもしれない。


だれかに知ってもらいたい。
自分のことを理解してもらいたい。
怪獣たちがニュートンに接近していたのは、
案外そういう、人間にも似た感情のあらわれなのかもしれません。

そうかんがえると、この世界の怪獣は、
単純に抹殺すべき悪の化身ではなくて、
かれらなりの存在理由がある、人類以外の種族といえるのかも。
ゴジラが、戦争や核実験へのおそれのメタファーであったように。

最後にデル・トロ監督が献辞をささげたのは、
そのゴジラをつくりだした、本多猪四郎監督。
そして、ことし5月に亡くなった、レイ・ハリーハウゼン監督。
ただのモンスターパニック映画ではなく、
このふたりが源流となる「特撮映画」の最新作である『パシフィック・リム』。
監督の日本へのラブレター、たしかにうけとりました。

こうなったら、まけてられませんよ日本。
「特撮博物館」の全国巡業もはじまったことだし、いまこそ特撮映画の復活を!
まずは日本のイェーガー、コヨーテ・タンゴをつかってスピンオフを。
大阪が舞台なら、イェーガーも楽勝でしょう(それ相手がちがう)。

…あ、そういえば、あの壁って『進撃の巨人』ネタ? \イェーガー!/
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