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梶井基次郎『檸檬』


檸檬 (新潮文庫)檸檬 (新潮文庫)
(2003/10)
梶井 基次郎

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あー、とおくにいきたーい!
と、たまに強烈におもってしまうこと、ありませんか?
ことしの夏は、結局さとがえりしただけでした。
どこか見知らぬ土地にいってみたいとおもうも、時間もカネもあるじゃなし。

そういうときに、ふっとおもいだすのが、この作品のはじめのほうです。
ものがたりのヤマは丸善でのレモン爆弾ですが、
印象にのこっているのは、そのまえの文章でした。

(p9)
不図、其処が京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか
ーそのような市に今自分が来ているのだー
という錯覚を起そうと努める。
私は、出来ることなら京都から逃出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。
第一に安静。
がらんとした旅館の一室。
清浄な蒲団。
匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。
其処で一月程何も思わず横になりたい。
希わくは此処が何時の間にかその市になっているのだったら。


ああ〜いいですねえ。
旅行エッセイや紀行文などを読んで、旅をした気分になるのもいいのですが、
ふだん住んでいる町で、べつの場所への想像をかりたててみる。
空想のたのしさですね。
貧乏ヒマなしのじぶんにとっては、かなり共感できる箇所です。

もうひとつ、そのまえの段落なのですが、
どういう町なみがすきか、についてふれた文章。

(p8)
風景にしても壊れかかった街だとか、
どの街にしても他所他所しい表通りよりもどこか親しみのある、
汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転してあったり
むさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが好きであった。


たまに旅行したとき、できるだけ路地裏の写真を撮るようにしています。
なぜ観光名所でなく、そういうところにひかれるのか、名状しがたかったのですが、
この文章で、ああそうかとおもいました。
そこに住んでいるひとたちのいきづかいが感じられる、そういうところだから。

このたのしみをみたしてくれるのが、
テレビ番組では「世界ふれあい街歩き」や「トラベリックス」などですね。
さわがしいタレントもいない、派手な演出もない、
ほんとうにじぶんがそこにいるように感じさせる、おちついた進行です。

およそ作品の本質とはちがうところで、感想を書いてしまいました。
インドア派の妄想の産物とわらってやってください。

文庫に収録されている作品はほかにもあって、
これから徐々にさむくなったころに「冬の日」「冬の蝿」、
そこからあたたかくなったら「雪後」「桜の樹の下には」を、
いずれもそうながくはない短編ですが、じっくり読みふけってみたいです。

おまけ。
平成15年の改版版では、オビの文章を吉村昭氏が書いています。

いまも、小説を書き始めるときの準備体操として読んでいます。
もう何百回読んだことか。
何度読んでも「なんて新しいんだろう」と感心してしまいます。


これまで何度かひっこしをしてきて、そのたびに書棚の本もいれかわりましたが、
この本はずっと、手のとどくところにいつづけています。
読み手をひきつけてやまない、ふしぎな魅力のある本ですね。

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