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SIGHT vol.49「私たちは、原発を止めるには日本を変えなければならないと思っています。」①


SIGHT (サイト) 2011年 11月号 [雑誌]SIGHT (サイト) 2011年 11月号 [雑誌]
(2011/09/30)
不明

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原発問題について、さまざまな分野のキーパーソンへのインタビューなどが、
総力特集としてまとめられています。
それぞれをみじかくして紹介するのがもったいないので、
2回にわけて、印象にのこった箇所を書いてみます。

〈政治と原発〉江田憲司

みんなの党幹事長。
通産省(当時)官僚時代から、電力会社の隠蔽体質を痛感してきた人物です。

(p18)
当時から、電気事業法の改正は絶対にダメだと言われていました。
電力行政を遂行する上でどんなに必要でも、電気事業法を改正するのではなく、
政令や省令の範囲内に収めてくれと。
電気事業法の改正に至ると、国会で審議をされて、
すると必ず、この電力の地域独占体制を見直せという声が出て、
電力の再編自由化の議論につながってしまう。
そうなれば、公益事業部長とかエネルギー庁長官の首が飛ぶという話でした。


官僚組織の維持のために、不備のある法律をすておけと。
さて、みんなの党の東電賠償案は。

(p26)
我々の案というのは、
一時東電を国有化して、賠償責務だけを払っていく「バッド東電」と、
電力の供給をちゃんとやっていく「グッド東電」に分けていこうというものなんです。
そして、株主責任や4兆円貸し込んでいる金融機関の責任をしっかり問う。
さらに、送電設備を分離・売却すると大体5兆円になりますし、
原発ゼロを決めれば、再処理のために電力会社が積み立てている2.7兆円のお金も
賠償原資に回せます。


〈官僚と原発〉古賀茂明

9月26日付をもって経済産業省を退職した古賀氏。
インタビューは9月6日におこなわれました。

(p38)
今、連合の関係の組合が各地元で、民主党議員に踏み絵をしているらしいですよ。
「あなたは原発廃止したいんですか?」って。
「原発を廃止したら、原発がある地域の票を失いますよ。
 電力供給が足りなくなって、企業が海外に行っちゃいますよ。
 雇用がなくなりますよ。
 労働者に敵対する政策を取るつもりですか?」と。
「さあここで、先生に決意表明をしていただきましょう!」ってやるんですって。
だから民主党も自民党も、原発の新設は難しいとか言ってますけど、
「原発をゼロにします」と言う人はほとんどいないですよ。


うーん、これは生々しい。

(p43)
また先日、再生可能エネルギーの全量買い取り法案というのが成立しましたが、
あれはまやかしです。
なぜかというと、これは全部、電力会社が買うという法律ですから、
中央集権の仕組みは温存できるわけです。
地域で作った電力をそのまま地域で流して、
家庭に売るということができればいいんですけど、
それは認められていないんですね。


「経産省の利権を守る体質」のすごさ、ということでしょうか。

〈アカデミズムと原発〉小出裕章

きょうは八幡浜市で講演、あしたは松山市。
反原発40年のあゆみについても、ここで復習しておきます。

東北大学工学部原子核工学科時代、
原子力推進派の教授の授業をつぶしにいったという武勇伝。

(p52)
授業に行って、その教授と論争をします。
周りは、学生がみんなきいてるわけで、
そうすると、周りできいてる学生が、次第に私の味方になる。
最後は、誰ひとりとして教室に入りませんでした。
教室の中で教授がひとりで、誰もいないから講義ができない。
最後はその教授は、テープレコーダーを持ってきて、1時間自分の声を流して、
講義をやったという体裁を取り繕って帰っていくという、そういうことになり、
それで、私とその教授が論争してる場所に、他の教授もききに来た。
それで最後はどうなったかというと、その教授が工学部原子核工学科から放逐された。


な、なんというムチャクチャな学生…。
で、東北大では手におえないと、京大原子炉実験所に採用、ひきとられたと。

(p56)
原子力発電所に危険があることを承知で、
それを自分たちが引きうけるということなら、まだ私は許せたわけですが、
都会の人たちが、原発は危険だといって、他のところに押し付けたわけですね。
それが私にとっては、許せないことだったわけです。
原子力発電所って、どこだってみんな過疎地です。
そういうところで環境の汚染を引き起こしながら、
都会の人たちが享楽的な生活を続けるということが許せなかったわけです。

〈地元フクシマと原発〉開沼博

『「フクシマ」論ー原子力ムラはなぜ生まれたのか』の著者。
今回、もしかしたらもっとも興味ぶかく読んだとおもいます。
富岡町、浪江町などで民宿にとまりながら、現地のひとたちのはなしをきいています。

(p67)
地元の人にとっては、
とにかく今、自分たちが食っていけるかどうかのほうが切実で、
いつか起こるかもしれない原発事故とか、遠くで誰かが持ってる陰謀とか、
そんなもんはどうでもいいんだ、っていう。
確かにそうだよなって納得せざるを得なかった。
だから、原発を維持しようとする中央の側の「原子力ムラ」のカウンターパートである
「原子力を欲してしまう地域」の現実を見もせずに、
あんたらの持っている原発は間違っていると煽り立てる脱原発勢力が滑っていて、
今に至るんだな、ということも理解しました。


(p69)
原発を作るということが、
「悪い政治家に、危ないものを無理やり押し付けられた」っていうような
単純な話ではなく、
むしろ地元の「どうにか都会になりたい」と思う
極めてシンプルであり、切実でもある気持ちの中で、なされてきたということですね。

(p76)
脱原発したあと、具体的に誰がどういうふうに得をして、
誰がどういうふうに損するのか、っていうところを洗い出さないうちに、
マジックワードとして「脱原発」って言っててもしかたない。
あるいは、「原発推進」って言っててもしかたない。
何か非常事態が起こったときに、それぞれにとって都合のいい意味で
「推進」「反対」の言葉を過剰に浮遊させ、
それを消費し終わったときには、結局、推進派が勝っている。
っていうのが、ここ40年の歴史でした。
「まずそこを見ましょうよ」っていうことは、言っていかなくちゃ始まらない。
それは間違いなく原発を抱える地元にあります。


ホントは全文をのせたいくらいの、地元の実態を見てきたひとのことばです。
日本のシステムそのものをかえるために、まず声を出せない弱者に着目する。
いまもなおそれを実行しつづけているからこその、説得力でした。

つづきはまた次回に。
というか、これほど身のあるものを、ちゃんとぜんぶ読みきれるんだろうか…。

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