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田中三彦『原発はなぜ危険かー元設計技師の証言』


原発はなぜ危険か―元設計技師の証言 (岩波新書)原発はなぜ危険か―元設計技師の証言 (岩波新書)
(1990/01/22)
田中 三彦

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本日おこなわれた、松山市での田中三彦氏講演会。
ツイッターで実況していましたが、なにせ専門用語はおおいし、
こまかな数値もつぎつぎでてくるしで、なかなか正確にツイートできません。
というわけで、講演会でくばられた資料に、本書のコピーがあったので、
そこから引用して、講演会の補足説明にしたいとおもいます。

テーマは「脆性破壊」(ぜいせいはかい)。
ちなみに、パワーポイントで「税制破壊」になっていたのは、ここだけのはなし。

(p88)
ねばりのある強靭な鋼でできた原子炉圧力容器が時とともに“もろく”なっていく
照射脆化という減少それ自体は原発特有の現象だが、
単に「もろい材料」ということなら、原発と関係なく、
日常の生活に広く存在している。
たとえばガラス、チョーク、陶磁器などはその典型といえる。
こうしたもろい材料の割れ方の特徴は、破断面(壊れた個所の断面)に
まったくといっていいほど“延び”が見られないことである。
比較的小さな力で、パリッと瞬間的に割れる。
このような割れ方は“もろ(脆)い”破壊、すなわち「脆性破壊」と呼ばれている。
ちなみに、鋼材などが脆性破壊をおこすときの亀裂の伝播速度は、
最高2000メートル/秒にも達するといわれる。

(p93〜94)
幸い原子炉圧力容器は脆性破壊を経験していない。
しかしそれはたぶん、脆性破壊防止のためにほどこされてきたさまざまな配慮が
“これまでのところ”うまく機能してきたということであって、
原子炉圧力容器が脆性破壊と無縁であるということを意味していない。
それどころが、あとで明らかになるように、ある意味で、
原子炉圧力容器ほど脆性破壊発生の条件が整いやすい構造物はないと
いえるかもしれない。


(p97〜98)
脆性破壊発生の条件を記すなら、結局つぎのようになる。
 (1) 欠陥が存在する
 (2) 欠陥を拡大させようとする力がかかっている
 (3) 構造物や機器の使用温度が「NDT温度+60度F」以下である
なお、鋼材の厚みが厚いとそれだけ変形しにくくなり、
脆性破壊をおこしやすくなることがわかっているので、
先の3つにさらにつぎの条件を加えることもできよう。
 (4) 鋼材が厚い

ここで注意しなければならないのは、このような4つの条件がすべてそろってもなお、
かならず脆性破壊がおこるわけではないということ。
これらはいわば必要条件であって、十分条件ではない。
脆性破壊がおこるかどうかは、温度と材質、欠陥の大きさ、力のかかりぐあい、
この三者の量的な関係にかかっており、
その関係を記述しようと思えば勢い、破壊力学的なアプローチにたよらねばならない。
しかしそのような議論は本書の目的からははずれるので省く。


ここからのはなしは、田中氏が講演の最後に「気になる」とした、
「PTS」問題について。

(p108〜111)
そして、照射脆化の進んだこのような加圧水型原子炉圧力容器にとって
もっとも怖いものは、以下に述べるような“魔女の一撃”である。
その一撃とともに、原子炉圧力容器は破局的な脆性破壊をおこす可能性がある。
魔女の一撃は「PTS」と呼ばれている。

PTSは、Pressurised Thermal Shock という英語の頭文字をとったもので、
日本語では「加圧熱衝撃」といわれている。

炉が急冷されると一次系の圧力が急激に低下するが、
その急激な圧力低下のためにECCSの高圧注水ポンプが自動的に作動し、
ふたたび一次側の圧力が上昇する。
したがって原子炉圧力容器には熱衝撃だけでなく、
上昇した水圧力も作用することになる。
これが加圧熱衝撃、つまりPTSである。

PTS発生時、原子炉圧力容器の内表面は、
熱衝撃によって発生した大きな引っ張り応力のほかに、
水圧力による引っ張り応力が加算されることになる。
したがって、
もし原子炉圧力容器の内表面付近に運悪く何がしか欠陥が存在していれば、
その欠陥の先端は、熱衝撃と水圧力の2つの力でおし広げられることになる。


(p117)
そして驚くべきことに、1986年には、アメリカにならい、
それまでのNDT温度の規制値「93℃」が、問題の意味が一般には知らされぬまま
原子力安全委員会の指針により「132℃」に緩和されたのである!
大きな疑問を感じざるをえない。


本書が発表されたのが、1990年。
このときすでに、いわゆる「原子力ムラ」についても言及しています。

(p119)
一般に科学的あるいは技術的な理論やデータを前にして、
専門家全員の見解が一致するなどということはありえないことである。
しかしこれまで日本の原子力発電は、
意見の対立や批判精神がまったく存在しないモノトーンの集団によって
推進されてきたとしかいいようがない。
いかなる問題を前にしても、
国や有識者、電力会社、原発製造メーカーの見解はつねに一つの方向にまとまり、
けっして“内輪もめ”といった醜態をさらすことがない。
唯一彼らが批判精神をむき出しにするのは、反原発に対してである。

この機械的な反応、無人格性、無批判性こそ、
この先わが国で原子力発電が継続されていく際の最大の危険要素かもしれない。


こういう専門家のこえを、なぜもっとはやくとりあげなかったのでしょうか。
それについては、田中氏が書いているとおりですし、
市井にいるぼくじしんもまた、きく耳をもっていませんでした。
その反省はきちんとしないといけませんね。

タイミングがずいぶんおそくなってしまいましたが、勉強になる講演会でした。
ではまたあした、べつの講演会で。

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