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高野寛 Live Tour [from 1988 to 2013] 〜HT debut 25th Anniversary 1st season〜 @若草幼稚園


TOKIO COVERSTOKIO COVERS
(2013/10/09)
高野寛

商品詳細を見る

昨年の5月30日、クラムボン伊藤大助さんとのコンビで、
おなじ若草幼稚園でライブをしてから、はや1年と4か月半。
こんなにはやく再会できるとは、正直おもっていませんでした。

 いまこれをかいているさなかも、かおがゆるみっぱなしです。
 ライブのすばらしさを反芻しながら、しあわせをかみしめているところ。
 ほんとうに、ほんとうにステキな時間でした!


↑この文章は、昨年のライブの感想でかいたもの。
いまもまったくおなじきもちです。
iTunesでセットリスト順にきいていると、ライブのたのしさがよみがえります。

前回とおなじように、幼稚園の3階が会場。
BGMは、ビョークやジェイムス・ブレイク、レイ・ハラカミなど。
物販では新作『TOKIO COVERS』と、未発表音源集『Nice Painting! vol.2』を購入。
サイン会のチケットをもらって、席につきます。
開始時間、午後7時ちょうどに、舞台袖から高野寛さん登場。

1. On and On

手にもっているのは、アフリカの民族楽器、カリンバ。
両手をつかって演奏しながら、マイクをとおさず生声でうたいはじめました。
CD版のあの雰囲気を、ライブで再現しているみたい。
(ググってみると、むかしのライブでもおなじ演出をしていたらしいですね)

「こんばんは!1年ちょっとぶりの愛媛です!」

「前回は伊藤くんとにぎやかにやりましたが、
 今回はしっとりとアコースティックに、
 でも後半は盛り上がるような感じでいきたいと思います」

ここからはイスに腰かけて、アコースティックギターのひきがたり。

2. 確かな光

前回のライブではアンコールラストだったこの曲が、もうここで。
とちゅうでパーカッションのように「パン、パン」という音がきこえますが、
やはり今回もはだしで、床をならしてリズムセクションにしていたのでした。

「インタビューで、25年間やってきていろいろ変わったところはあるけど、
 昔から変わってないところもあると言ってるんですけど、
 いま考えたら、それって忘れっぽいだけなんじゃないかと…(笑)」

「でも、元電グルのまりん(砂原良徳)はですね、
 高橋幸宏さん、まりん、テイ・トウワ、ぼくで呑んでたんですが、
 幸宏さんが『あれはたしか、1980何年かのライブで…』と言ったら、
 すぐに『いえ、それは1985年です』って訂正するんですよ(笑)
 有名な話ですけど、まりんは『カルトQ』っていうクイズ番組で、
 YMOの回のカルトキングになったんです。
 で、ぼくはその番組の予選に出たんですけど、予選落ち。
 まりんは、
 『1980年の武道館公演で、坂本龍一の左上にあった楽器は?』
 (ボタンを)パーン!『プロフェット5』…ですよ。アイツはおかしい(笑)」

まさか高野さんも予選にでていたとは!
はじめて知りました。

「きょうはたくさんしゃべる日かな?(笑)」

3. 夜の海を走って月を見た
4. 幻


その幸宏さんのプロデュースでつくったデビュー・アルバムからの「夜の〜」と、
YMOの名曲から引用したタイトルのアルバム『CUE』収録の「幻」をつづけて。

「母校…母園じゃないのに、この若草幼稚園がなつかしいですね。
 旅の人生なのかな、と思います」

5. わたしのにゃんこ
6. The Drifter


『TOKIO COVERS』から、
矢野顕子さんが、NHK『みんなのうた』にかいた「わたしのにゃんこ」を、
「この曲は幼稚園っぽいかな?ちょっと大人っぽく歌ってみます」と。
そして、シングル「目覚めの三月」のカップリング曲。

「後ろのほう、退屈してない?大丈夫?」

演奏のあいまに、どなたかのお子さんがなにやらぐずっているようなこえが、
ときどききこえていたのを気にされていたようで。

「じゃあ、子供むけの曲をやろうかな。
 みなさん手拍子をおねがいします。
 ちょっとむずかしいですけど、つられないように」

7. おさるのナターシャ

ハナレグミや原田郁子さんが参加した企画盤『リズムであそぼう』収録。
なるほど、たしかにこどもむけです。
手拍子は「すばらしい!」でした。

8. dog year good year

以前に無料配信されていた曲ですが、前述の未発表音源集にも。
こうしてCD化していない新曲を、さきにライブで演奏していって、
「ライブで曲を育てる」のだそう。
近年の細野晴臣さんのスタイルにも、ちかいものがありますね。

「きのうは徳島でツアー初日でした。
 たまたま、フライングキッズの浜崎貴司くんも同じ日に徳島でライブで。
 全国広いのに、なぜ同じ徳島でカブるのか(笑)
 ぼくは3時からの昼のライブで、すごく疲れていたんですが、
 『よかったら飛び入りにおいでよ』と言われていたので行ってきました。
 どうやら(観客のなかに)両方行った人もいたらしいです」

「次の曲は、浜崎くんの結婚式のために書いた曲です。
 よく『結婚式に歌ってくれ』と頼まれることがあるんですが、
 デビューした頃は持ち歌がなくて、結婚式で『See You Again』(笑)
 別れの歌を歌うという…なにも考えてなかったんですね。
 その後『虹の都へ』や『ベステンダンク』ができて、
 それでお茶を濁すというか…(笑)」

高野さんの「新婚の人いますか?」の質問に
観客から「きょう結婚したのがおるでー」。
すかさずギターを\ジャーン!/

「お名前は?(ヨーコです)
 これから結婚する予定の人は?…あんまりいないですね。
 じゃあ、ヨーコさんに捧げます」

9. フルーツみたいな月の夜に

「いやー、いいことをした気分になった」

10. エーテルダンス

演奏がおわると、ハーモニカをセットしてたちあがりました。

11. アトムの夢

チェルノブイリ原発事故をうけて、1989年に発表した楽曲。

 時計の針 戻らない 黒い雨が 世界に降り注ぐ

 間違いは 認めよう 僕等の願いは 必ず届くさ


それから20年以上がすぎ、願いが届くどころか、
いまも進行中の原発事故がおこってしまいました。
おねがいだから、まちがいをみとめてください、エラい人。

12. Another Proteus

「ありがとー!じゃあ、弾きまくっちゃうよ」といってはじまったインスト。
弾いたばかりのフレーズがループされ、かさなり、だんだん不思議な音色に。
ギターソロでは「押尾コータローです(笑)」。

つぎの曲は、小林武史プロデュースの2nd『RING』から。

「ぼくは最初、幸宏さんたちのビートニクスのライブに参加していたんですが、
 そこに小林武史さんもいて、幸宏さんから紹介されたんです。
 この曲では、小林さんがコーラスで参加していて、
 それを聴いたMr.Childrenの桜井和寿くんが、ぼくに、
 『あのコーラスを聴いて、いいプロデューサーだと思ったので、
 今度お願いしたいと思ってるんです』と話したんですよ。
 それで、桜井くんに小林さんを紹介したのがぼくだったということなんです。
 以上、豆知識でした」

13. カレンダー

「さわやかと言われ続けて25年!…自虐ネタです」

14. 道標

「きょうは暑い日でしたね。暑い日といえば、この曲」

15. グリーンダカラちゃんのうた

ですよねー。
や、ホントにこの日、ぼくのバッグのなかには、
GREEN DA・KA・RAのペットボトルがはいっていたのです。

「では、そろそろ代表曲を」

16. 虹の都へ
17. ベステンダンク
18. 夢の中で会えるでしょう


ことばどおり、代表曲の釣瓶撃ち。
会場がみんなの「♪ラララララ〜」のコーラスでつつまれました。

「愛媛ではJ-WAVEは聞けるのかな?
 このあと22時から、高野寛25周年の特番があるんです。
 その中で、細野さんが『25周年か〜。あと25年がんばれ』って(笑)
 あと25年、50周年までがんばります!(拍手)
 その時には、みんなの子供、孫も連れてきてくださいね。
 ホントにそうなればいいなと思います」

19. 終りの季節

最後は細野さんの名曲を、しっとりと。
ふかぶかとお辞儀をして、高野さん退場。
「アンコール!」のテンポが妙にスローだなあとおもったら、
うしろのほうにいた子供さんが音頭をとっていたのでした。
みんながニコニコとわらいつつ、拍手のスピードがはやくなっていき、
さほど間もなく高野さん再登場。

「最高の夜です!どうもありがとう!」

Encore 1. 五十歩百歩

「ぼくの曲の中でも、いちばんナンセンスなタイトルです」

予想のななめ上すぎる選曲にビックリ。
こんなに大勢で「♪五十歩百歩〜」とコーラスする日がくるとは。

「松山サイコー!」

Encore 2. All over, Starting over 〜その笑顔のために〜

一瞬で、心が『土曜ソリトン SIDE-B』をみていた、あのころにもどるようでした。
これをライブできける日がくると、あのころのじぶんにおしえてあげたい。

「じゃあもう一曲、デビュー曲をやります」

Encore 3. See You Again

最後に、ふたたびあのカリンバをもって、今度はマイクのまえで。

Encore 4. On and On

 On and On 仕事は明日もたくさんあるけど
 On and On ちょっとずつこなしてゆこう


オープニングの曲がふたたび演奏されて、
その歌と音色で、夢のようなステージがおわり、現実にもどるような効果が。

サイン会では、アルバム2枚にサインをいただき、
「前回も来させていただきました」と、
きょう着ていた、昨年のライブのTシャツを高野さんに見せると、
「おっ!」という顔でTシャツを指さして、ニヤリ。

アンコールのMCでは、
「来年の秋までにアルバムを作って、25周年を締めくくりたい」
「また来年も愛媛に来たいですね…約束はできないけれど」
またぜひ愛媛で会える日をたのしみにしています。
ありがとうございました!


【セットリスト】

1. On and On
2. 確かな光
3. 夜の海を走って月を見た
4. 幻
5. わたしのにゃんこ
6. The Drifter
7. おさるのナターシャ
8. dog year good year
9. フルーツみたいな月の夜に
10. エーテルダンス
11. アトムの夢
12. Another Proteus
13. カレンダー
14. 道標
15. グリーンダカラちゃんのうた
16. 虹の都へ
17. ベステンダンク
18. 夢の中で会えるでしょう
19. 終りの季節

(Encore)
1. 五十歩百歩
2. All over, Starting over 〜その笑顔のために〜
3. See You Again
4. On and On


三宅伸治 “ひとつづきの夢” ツアー@カラフル


夢の歌夢の歌
(2011/04/06)
三宅伸治

商品詳細を見る

松山でのライブがあると知ったのが、ついきのうのこと。
で、こうしてその感想をいま書いているのが、ホントに夢のよう。

きょうのしごとが日がえりの出張で、
おわってからすぐに、30分おくれで県庁前行動のUST中継へ。
(視聴者のみなさま、かさねがさね、ご迷惑をおかけしました…)
アーカイブをアップし、その足で会場のバー、カラフルにむかいます。

到着したのは、開演時間20時の数分前。
エレベーターにのりあわせたカップルも、やはりライブに参加するようで、

女性「何階ですか?」
ぼく「6階です」
男性「行く先は一緒ですね」

バーにはすでに、開演をまつ客がそこかしこに。
仕事用のスーツから着がえる間もなく、夕食もたべていないのですが、しかたない。
カクテル1杯で、どうにか息をととのえます。

BGMが、ボブ・ディラン「メンフィス・ブルース・アゲイン」にかわり、
席のうしろから、ついに三宅伸治さん登場!

あ、さきに言っておかねばなりませんが、
ライブにきたのはいいけれど、じつはあまり楽曲を知っているわけではなく、
ここで聴いた作品も、はじめてのものがおおいのです。
タイトルもわからない曲もあったり…ファンのかた、スミマセン。

最前列に、長年のファンらしきひとたちがいて、
どこでレスポンスをかえすかは、そのようすでなんとなくつかめました。ありがとう。

「大街道に聞こえるくらい!」\いつもオーライ!/
「道後温泉に聞こえるくらい!」\いつもオーライ!/
「えーと、瀬戸内海に聞こえるくらい!」\いつもオーライ!/

けっこうハラがへっていたはずなんですが、
こうしてナマの音楽にふれると元気になります。不思議なもんです。

「世間では3連休になりますが、連休が始まると仕事が始まるという…(笑)」
いま公式サイトを見たら、きょうは松山、あすは西条、あさっては香川と、
3日連続でライブなのですね。

「レンタサイクルに乗って(四国の)島めぐりをしたんです。だから足が痛くて…」
いやいや、とてもそうは見えないほど、力づよいステージでした。

ライブ前半は、事前にあつめたリクエストにこたえるコーナー。
ルイ・アームストロング「この素晴らしき世界」の日本語カバー。
4枚組の大作アルバム『夢の歌』から「もうすぐ帰るよ」。
「ボスと一緒に作った曲です」と紹介した、キヨシローとの共作「キング・タイガー」。

「RCサクセションの曲をやります。デモはタイマーズの時に作ったものです」

といういきさつが語られた「空がまた暗くなる」。
RCの曲のなかでも大好きなだけに、この時点でもう胸がジーンと。
「♪おとなだろ 勇気をだせよ」まだ泣いちゃダメだ。

さらに、元JAYWALKの中村耕一さんのソロ活動をプロデュースしているそうで、
人見記念講堂ライブのために提供した、まだ音源化してない新曲「コンタクト」も。
「人見ホールだけに『コンタクト』ということで」な、なるほど…。

「カラフルは天井が高いから、歌うと気持ちいいんです。
 お風呂で歌うと気持ちいいでしょ?ああいう感じで。
 歌う人が考えて作ったんでしょうね」

きのうが中秋の名月だったそうですが、
きょうもまけずおとらずキレイな(ほぼ)満月。
このバーはビルの最上階で、ちょうどステージの上がガラス張りになっています。
くっきりと見える月のしたで歌う三宅さんが、とてもステキに見えますね。

「宮崎の男の歌をやります」と紹介しての「フェニックスマン」。
宮崎県出身ということで、宮崎大使に任命されたそうです。

「宮崎大使の名刺はほしいですね。
 会社勤めをしたことがないから、名刺を持ったことがないんですよ。
 だから、宮崎大使の名刺をサッと出して、
 『わたくしこういう者です』って言うのに憧れているんです(笑)」

口蹄疫でおおきな打撃をうけた宮崎県のために、
みずからがプロデュースして「希望と太陽のロックフェス」を開催している三宅さん。
ことしは台風の心配もありましたが、無事開催されたとのことです。
「ぜひ来年来てください。1年間おぼえておいていただいて」

ツアータイトルにもなっている、まだ音源化していない新曲「ひとつづきの夢」。
そして。

「次は『デイ・ドリーム・ビリーバー』をやろうと思ったんですが…」
\おおおーっ!/
「…やる? やりましょうか」
\ワーッ!(拍手)/
「言うんじゃなかった…(笑)」

ということで、RC版の「デイ・ドリーム・ビリーバー」。
サビのうしろ半分は、観客みんなで合唱。
「♪ずっと夢見させて くれてありがとう」のところで、
三宅さんはガラス越しに、真上の夜空にかがやく月を見あげていました。
「ありがとう」をつたえたあいては、いま天国ツアー中でいそがしいのでしょう。
ガマンしていたのに、ダメだ、ここで涙が…。

「ぶっ飛ばしていくぞ―!」
後半は怒涛のロックンロールナンバー。
甲本ヒロトとの共作「月がかっこいい」。
ホントにきょうの月はかっこいい!

ビートルズのカバーでもおなじみ「ベートーベンをぶっとばせ」。
ギタープレイの最中に、なんとバーの外に出ていって、階段の踊り場へ。
ファンによると「ここは写真を撮っていいんですよ」え、ホントに!?
あせりながらも、どうにかスマホで1枚。
ステージにもどって「オレは三宅伸治だー!」から「忌野清志郎だー!」になり、
ラストの「JUMP」。
会場のみんながさけび、ジャンプし、本編は終了。

アンコール、Tシャツとバンダナすがたの三宅さん、まるでキース・リチャーズ!
イントロでまさかとおもったら、やはりの「雨上がりの夜空に」!
「♪どうしたんだ ヘイヘイベイベー!」「♪こんな夜に お前に乗れないなんて」
ノドがガラガラになるほどの大合唱で、アンコールも終了。

…かとおもいきや、なんとダブルアンコール!
はじめて聴いた「Forever Young」、染み入りました。
「♪知ったかぶりの老いぼれにはなるまい」肝に銘じます。

最後の最後は「たたえる歌」。
やはり観客もいっしょになっての合唱で、今度こそホントに終了。
万雷の拍手のなか、ながく、ながく、ながく頭を下げる三宅さん。

物販でCDを買い、すぐそこにすわっていた三宅さんにサインをもらい、
ツーショットで写真を撮ってもらいました。
キツいスケジュールだったけど、来てよかった。ホントによかった。
ありがとうございました!
またライブで会える日をねがって。

李相日監督『許されざる者』


許されざる者 (幻冬舎文庫)許されざる者 (幻冬舎文庫)
(2013/06/28)
司城 志朗

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クリント・イーストウッド監督のオリジナル版は見なおさずに劇場へ。
これまでに何度もくりかえし見てきた作品ですから、
あらすじやキャラクターは、すべてあたまのなかにたたきこまれています。
それでも、なるたけオリジナル版の印象をとりはらって、
未知の作品を見るような姿勢で、新鮮にたのしみたかった、というところです。

基本的なストーリーは、オリジナル版そのまま。
ウィリアム・マニー=十兵衛(渡辺謙)に賞金首の話をもちかけてくるのが、
ザ・スコフィールド・キッド=五郎(柳楽優弥)ではなく、
ネッド・ローガン=金吾(柄本明)にかわってはいましたが。

そう、柳楽優弥!
ぼくは事前情報を極力シャットアウトしていたので、
渡辺謙、柄本明、佐藤浩市の3人しか役者をしらない状態で見ていました。
「あのアイヌ青年、いい役者だなあ」とうなっていたのですが、
まさか柳楽優弥だったとは!エンドロールでびっくり。

帰宅してから、きのうのニコニコで生放送された、
「渡辺謙 ニコニコ初降臨 映画『許されざる者』公開記念特番」をTS試聴。
テイクを何回もしぶとくかさねるスタイルを、トークでもツッコまれる李相日監督。

うえむらちか「監督は(テイク)1回目じゃなかなかOKを出さないとお聞きしたんですが…」
李相日監督「いや、出す時は出しますよ」
渡辺謙「アハハハ(笑)」
うえむら「ホントですか?」
李監督「あの…少ないですけどね」
うえむら「同じシーンを何度も何度も…」
李監督「もっとよくなるって思っちゃうんですよね。『次は自分が思ってたもの以上がくるぞ』と思っちゃうと、トップがどこなのかを見極めたいというか」


とくに柳楽優弥の演技は、何回も何回もリテイクしたそうです。
しかし、かれのラストカットは「1回で終わりました」と。

はじめて人を殺し、その記憶を酒でごまかそうとする五郎。
金吾が署長(佐藤浩市)に殺されたと知り、復讐にむかう十兵衛にむかって、
「オレはあんたみたいにはなれないし…なりたくもない…」と、
恐れ/畏れ、あきらめがないまぜになった、複雑な表情を見せる、そのアップ。

「ああ、いい顔だ」
ヒゲと長髪(ほぼ自前!)でボサボサの、つかれきったその顔を、
ホントにすばらしいとおもいました。
本人いわく「撮影中は毎回怒られっぱなしで、本当に恐怖の日々」だったそう。
でもその結果が、このグッとくるカットにつながったのですね。

あ、そうそう。基本的なストーリーはそのままと書きましたが、
こまかなところは日本版の演出として、変えているのもあります。

たとえば、雨と熱でフラフラの十兵衛を署長がうちのめすシーン。
オリジナルで、マニーがつかもうとした酒瓶をとりはらうのはおなじですが、
さらにそこから酒瓶を割って、
「悪党には目印が必要だな」と、切っ先を十兵衛の右ほほにギィィ…。
さらには、捕縛した金吾への折檻に、焼きゴテをジュウウ…。

また、保安官=署長が、自分の家を自分で建てる描写がありません。
李監督によると、建てているシーンは撮影したのですが、すべてカットしたと。
一国一城の主というのは、なるほどアメリカンドリームの体現ですが、
日本版では、そこで観客が、署長とじぶんをかさねあわさないようにしている?
とはいえ、単純な、典型的な悪役でないのは、もちろんですが。

それから、署長が北大路(國村隼)に銃をわたしていうセリフ、
「弾が気になるか?どうだったかな。オレにもわからん」は、
『ダーティ・ハリー』の冒頭、ハリーと銀行強盗とのやりとりっぽい感じ。
登場人物が「ミョンミョン…」と口琴を演奏するのは、
『夕陽のガンマン』などの、エンニオ・モリコーネ音楽を彷彿とさせますし、
随所で小ネタ的に、イーストウッドへのオマージュらしきポイントが。

おおきな変化としては、やはりアイヌへの言及でしょうか。
文明開化の名のもとに、アイヌの文化を徹底的に破壊する新政府。
いまのぼくたちは、字幕をつけなければ、かれらのことばもわかりません。
あたらしい時代をつくるために、どれだけのものをすててきたのか。

もうひとつ、武器に刀が追加されたという変化もあります。
十兵衛が最初の賞金首をしとめたのも刀。
カメラは、にげまわる賞金首と、あゆみよる十兵衛をおっていきますが、
とどめをさすその瞬間は、カメラがひいて俯瞰的に、
感情移入をゆるさないように、冷酷にうつしだしています。
それでもその(殺す/殺される)いたみは、十分こちらにつたわります。

渡辺「(イーストウッド監督の)オリジナルって、映画館でその時代に見たっていう人は―もちろんなかにはいらっしゃると思うんだけど―数は少ないと思うわけ。あれは、あの時代のなかで出てきた映画として、すごく衝撃的だった気はするんだよね。ハリウッドのウエスタンって、ザッツ・エンターテインメントっていう…正義が悪を倒す、最後はある種のカタルシスがあって、みたいな。そういう一切を排除した、凄まじいほどのあっさり感が衝撃だったわけですよ」

そしてクライマックス、酒場での凄惨な大量殺人。
キリングマシーンと化し、むかってくる警官、屯田兵たちを次々に殺す十兵衛。
上司の命令にしたがうだけの、ただ職務に忠実なだけの人であっても。
この北海道にくるまでに、かれらにどんな人生があったかは、まったく関係なく。

いわゆるチャンバラ的な、ヒーローの殺陣というものは、
ここには一切ありません。
なにがなんでも生きのびようと、必死でたたかう人間のすがただけ。
CGもワイヤーもない、生身の人間どうしのぶつかりあい。

十兵衛が署長の腹に刀をぶっ刺し、切りすてた瞬間、
もともと錆びついてボロボロだったその刀は、ポッキリと折れてしまいます。
瀕死の状態ながら一太刀あびせようと、手もとの刀をもちあげる署長でしたが、
「重てぇ…」と、ついにちからつき、刀をおとします。

かつては幕府方の人斬りとして、あるいは新政府軍の一兵卒として、
武士の魂である刀を手にたたかっていた、十兵衛と署長。
いまやその魂は、ふたりの手からこぼれおち、もうもどってはきません。

炎上する酒場から、傷のいたみをこらえて出てくる十兵衛。
門のそばでは、女郎たちによって緊縛をとかれた、金吾の遺体が。
(ここも日本版のみの描写)
金吾を見おろす十兵衛。

「地獄で待ってろ」

ここで再会の約束をかわすあいては、金吾なのですね。
オリジナル版では、マニーが保安官を殺すときに約束していました。

「地獄で会おうぜ、ウィリアム・マニー」
「ああ」

こっちのバージョンだと、マニーも保安官もおなじコインのオモテとウラ、
どちらも暴力をふるう「許されざる者」である、とはっきりさせられます。
(生きる)くるしみから解放された金吾は、許された…といえるのでしょうか…。

そもそも、だれが「許されざる者」であったのか。
賞金首のみならず、警察関係者を血まつりにあげた十兵衛?
金吾を拷問して殺し、十兵衛の復讐のきっかけをつくった署長?
十兵衛に賞金首のはなしをもってきた金吾?
傷つけられたなかまのために、賞金を出した女郎たち?
女郎を傷つけた、もと仙台藩士の開拓民?
入植政策をすすめるため、かれらを故郷からつれていった政府?
いもづる式に犯人をさがしても、キリがありません。

生きるかぎり、生きつづけるかぎり、ぼくらはみな「許されざる者」なのか。
だとしても、それでもぼくたちは「生きねば。」ならない。

うえむら「わたし、映画を見る前にお腹が空いていたんですね。『お腹が鳴ったらどうしよう』って考えてたのに、見終わった瞬間に食欲が何も…」
渡辺「そんなこと言うとさ、これ『食欲が失せる映画だ』みたいに思われちゃうから(笑)」
うえむら「違うんです!集中しすぎて、食欲さえも忘れてしまう、没頭しちゃう映画だったので…」


ちょうどおひるどきに見たぼくも、うえむらちかさんとおなじ感想です。
エンドロールがおわって、ふうっと息をはき、こわばった筋肉をときほぐすような。
ストーリーのさきよみは、いくらでもできるはずなのに、
それでもこのただならぬ緊張感。

そんななかでも、スクリーンいっぱいにうつしだされる、
北海道の雄大な自然が、とてもうつくしく、畏敬の念をおぼえます。
まっくらな劇場のなかでひかる、白い雪景色の、なんとまぶしいこと。
重く哀しい人間の物語とのコントラストが映える、すばらしい日本映画です。

Cut 9月号「宮崎駿は、なぜ、はじめて自分の映画に泣いたのか?」


Cut (カット) 2013年 09月号 [雑誌]Cut (カット) 2013年 09月号 [雑誌]
(2013/08/19)
不明

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Cut恒例の、渋谷陽一氏による宮崎駿監督インタビュー。

前回とりあげた、半藤一利氏との対談では、
おたがいに敬愛の念をもちながらの、ゆったりとした展開でしたが、
今回はそういうムードには、とても見えません。
なんとかしてホンネのことばをひきずりだしてやろう、という渋谷氏に、
「あいかわらずだなこのヤロウ」なんて、内心毒づきながらだったのかも…?

―この映画の画期的なところは、初めて宮崎駿が自分を主人公にしたところなんですよ。ものすごくリアルに。堀辰雄だけでもダメ。堀越二郎だけでもダメ。表現者であり生産者である宮崎駿を主人公に設定しないと―。
「渋谷さんは、はじめからこういうテーマを持って来ましたね? 今日」
―そうです。
「そういうふうなものの見方をするのはね、鈴木さんを含めて、同じ世代はみんな好きなんですよ。大体わかりましたよ。はい、どうぞ(笑)」

―この映画を観た時の僕の最初の感想は、「ああ、宮崎さんは第二のデビュー作を作ったんだなあ」という。
「デビューなんかしてませんよ。あたしゃ幕引くためにやってるんですから」
―これで第二の処女作を作ったんだ、と。
「そりゃ不愉快ですよねえ! 僕は一生懸命、今まで作ってきたんですから。アニメーションの現場ってのはそういうもんじゃないですよ」


この対談、かなうならライブで見たかった!
たいてい作品のプロモーションの場では、
出演者やスタッフへのリスペクトやらなんやらを笑顔ではなすのが相場ですが、
ときに漫才のようなツッコミ、ときにケンカ腰になりながら、
ほかの媒体ではみられない表情やことばがでてきます。
ここまでできるのはやはり、ながいつきあいのふたりだからでしょうね。

そのながれで、渋谷さんはご自身がたてた仮説、
「宮崎監督は◯◯のシーンで泣いた」を、本人にぶつけてみるわけですが、
(それは主人公=宮崎駿だから、という前述の説につながります)
そのあたりのことは本文を読んでいただければ。

このインタビュー記事、すべての発言を引用したくなるほど、
おもしろいはなしがいっぱいなのですが、
とくに印象がつよかったポイントが、ぼくにはふたつありました。
ひとつは、

「…本当になんかやろうとする人間はね、でかい声で叫ばないですよ。そう思いませんか? 人間の脳味噌のなかなんか、覗けないですよ。そんなの顔見たってわかりゃしないんです」

(映画の)堀越二郎の言動についてかたったものですが、
ここを読んだ瞬間に、ストーン!とおりてきたのには理由があって。
ツイッターやブログで、過去になんど引用したかわかりませんが、
細野晴臣『文福茶釜』(2008年)で、ぼくがいちばんすきな文章がこれ。

(p110〜111)
こないだある言語学者が、テレビですごく大事なことを言っていたので、つい聞き耳を立てて聞いちゃったんだけど、
「本当のことは小さな声でひそひそ語られる」と言ってた。
常々ぼくもそう思ってた。
実は人びとにいっぱいに聴かせるような音楽は好きじゃないんだ。
(中略)
音楽も、演説も、アジテーションも、とにかく大きな音は空しいんだよ。


デカいこえでダダをこねるヤツが得をする、きょうこのごろ。
政治家やら学者先生のはなしだけじゃない、
たくさんながされて、たくさんきかれるから、すばらしい音楽だとされることも。
そういうことじゃないだろうと。

「本当のことは静かに聞こえる」。
(映画の)堀越二郎も、やたらとこえをあらげるような人物ではありません。
むろんそれは、中の人=庵野秀明監督のもつ性質もあるでしょうし、
それをもとめた宮崎監督のディレクションもあったでしょう。

「これだけ映画の宣伝がながされているのに、なにをいってるんだオマエは」
と反論されれば、それまでのはなしではありますが。
とはいえ、デカい(だけの)こえにながされてしまわないように、
このことばを、いまいちど反芻しておく必要があるな、とおもったのです。

もうひとつ、印象にのこったのは、

「でもね、『風立ちぬ』っていうのはどういう風かというのは、原発が爆発したあと、轟々と風が吹いた時に、僕は2階で寝転がってて、木がうわーって揺れてるのを見てて思ったんだけど、『風立ちぬ』っていうのはこういう風なんだ、と思ったんです。それで線量計を買って、今保育園でどれだけ線量が出てるか測るとか、そういうことをやりながら。『風立ちぬ』はさわやかな風が吹いてるんじゃないんだっていうね。轟々と吹くんです、恐ろしい風が。だから生きようとしなければならないんだっていうことなんだなあ、と、現実に思い知らされたんですけどね」

あのさわやかなポスターの印象がつよいですが、
映画のなかみが、決してさわやかだけのものではなかったことは、
鑑賞されたかたは、重々承知のことでしょう。

いまぼくたちにふきつけている風は、
現実には、放射性物質に汚染された水がいまなお流出しつづけている、
福島第一原発を通過してながれてくる風であり、
比喩的にいえば、その原発事故への反省も、被災者の救済もできていないまま、
なしくずし的に原発再稼働へとむかっている風潮、でもあるでしょう。

その風をうけながら、風にながされず、生きていくということ。
それはまさに、半藤一利氏との対談でも話題になった、
夏目漱石『草枕』の、あの一節のようなものでもあります。

 智に働けば角が立つ。
 情に棹させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。
 とかく人の世は住みにくい。


風立ちぬ。いざ生きめやも。
おおきなこえにながされる生きにくい世のなかで、それでも生きていく。

記事をよみながら、ぼくのあたまのなかにうかんできたのは、
この『草枕』…だったらキレイにおさまるのでしょうけれど、
実際には、筋肉少女帯や絶望少女達…大槻ケンヂの詞の世界でした。

 戦え!何を!?人生を!
 (戦え!何を!? 人生を!)

 僕ら ガタガタ震えてタチムカウ ビクビク怯えてタチムカウ
 (タチムカウ〜狂い咲く人間の証明〜)

 さあ行こうぜ 絶望のわずかな「こっちがわへ」
 (林檎もぎれビーム!)

 それでも生きていかざるをえない!
 (踊るダメ人間)


まさかここに着地するとは、じぶんでも不思議なおもいです。
筋少に興味をもったのは、ほんの数年前だというのに…。
それはつまり、こういうことばを、いまじぶんが欲していると。
いまのじぶんに必要なことばが、これらだったということでしょう。

「風立ちぬ。いざ生きめやも」=「それでも生きていかざるをえない!」

いいのかなあ、この結論で。
ま、「これでいいのだ!」ということで。

『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』


半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義 (文春ジブリ文庫)半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義 (文春ジブリ文庫)
(2013/08/06)
半藤 一利、宮崎 駿 他

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8月3日、Eテレの『SWITCHインタビュー 達人達』で放送された、
映画『風立ちぬ』をめぐる両者の対談を、文春ジブリ文庫でまとめたものです。

番組は1時間でしたが、
半藤さんのあとがきによると、実際の対談時間は、
前後2回あわせて、7時間あまり!
(半藤さんが『風立ちぬ』を見るまえと、見たあとにわかれています)

「あ、この発言は番組で出てきたゾ」(←表記マネ)
と気づくところがそこかしこにあり、サクサク読みすすめられますが、
当然ながら、番組ではカットされたはなしのほうが、たくさんあります。

さすがに年季のはいったミリオタ…あ、いやいや、
知識と教養をかねそなえたおふたりのはなしは、
「ほうほうなるほどなあ」とうなるものがあり、たちまち付箋でいっぱいに。

(P29)
宮崎 朝鮮戦争が始まると、あちこちにあった空襲のガレキがあっという間に消えたそうですね。
半藤 蔵前橋の西側、蔵前工業高校に山のように積まれてあった戦災の焼けトタンがあれよあれよという間に消えたのをおぼえています。軍需資材として使われたのでしょう。米軍からの特需でクズ鉄の値段が急騰したんですね。ですから朝鮮戦争というのは、戦後日本をある意味では救ったのですが、いっぽう日本の自然をぶっ壊す最初のきっかけだったのではないかと思います。

(p99)
半藤 要するに(引用者注:ワシントン海軍軍縮条約で)つくりつつある日本の軍艦が机上で山ほど沈められてしまった。そのため計画で準備していた鉄と工員さんが大量に余っちゃった。それを何とかしなきゃいけないということで、隅田川に橋がバンバンと架けられたんですよ。
宮崎 軍艦や空母の代わりに橋がつくられたのですね。隅田川の橋は、比較的最近になってできた新大橋(昭和52年竣工)を除けば、みんな立派な鉄の橋です。

風が吹けば桶屋が儲かる、といいますが、
歴史上のことがらが、こうやってつながっているのかと知るのは、
とてもおもしろいものですね。

学校の歴史の授業では、
政治は政治、経済は経済、文化は文化、と項目ごとにページがわかれていて、
なかなかそれらをひとまとめにして、つかうことができませんが、
このおじいちゃんたちのはなしは、
あっちこっちにはなしがとんでいくけど、それがたのしい。
その時代がどういう時代だったのか、を、
歴史の生き証人のことばで、
しかも、じぶんの経験プラス、おおきく全体を見るところからも語れるという。
直接はなしをきいていた関係者がうらやましいです。

さて、映画『風立ちぬ』については、
内容とあまり関係のないところで、場外乱闘がおこっているようですが、
とりあえず宮崎監督のはなしをきいてみましょう。
主人公・堀越二郎について。

(p138)
宮崎 私の父と堀辰雄の、最初の結婚の境遇は似ていますが、あの頃は結核だらけですね。ほんとうにすごく多かった。そしてあの病気は、死病だったんですね。似た境遇の三人が重なって、ぼくは堀辰雄と堀越二郎と自分の父親を混ぜて映画の堀越二郎をつくってしまいました。もうどのへんが境かわからなくなっています。

(p164)
宮崎 けっきょく堀越二郎という人の正体はつかめませんでした。まあ、つかむ必要もないとも思った。ですから、出身地がわかっても調べに行かない。その風景は見に行かない。もう見ない、聞かないって、あるとき決めました。
半藤 たしかに堀越さんの本を読んでも、その人物像は浮かび上がってはきませんね。

(p225〜226)
半藤 昭和16年(1941)生まれなら戦災のあとが、はっきり脳裏に焼き付いてるでしょうね。
宮崎 昭和23年(1948)、24年、25年、そのころに見た風景は、自分のなかに鮮やかに残っています。映画のなかに出てくる堀越二郎の生家の、廊下のある木造二階建ての邸。あれはぼくが育った家の姿なんです。

宣伝ポスターでは「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」とあり、
事前の情報で、このふたりをミックスして主人公をつくったのは知っていました。
が、さらに宮崎監督の父親もふくまれていたのですね。
それなら、劇中でこれでもかとタバコをのんでいたのもわかります。
(宮崎監督の父親も、わかいころから喫煙者だった旨、本書にあります)

ぼくはてっきり、あのタバコは宮崎監督じしんを投影したものだろうと。
戦争がどうなろうと、家族をふくめ周囲の状況がどうなろうと、
ひたすらじぶんの夢をおいもとめて、ただただ邁進する芸術家。
しかし、宮崎監督が投影していたのは、じぶんの父親だといいます。

(p221〜222)
宮崎 ですから、主人公の堀越二郎は、時代の生臭さをニュースで聞いて知ってはいる。しかし、名古屋にいる一飛行機技師にとって、それは肉眼で見たものではない。彼は毎日設計事務所に行って、まじめに一生懸命仕事をしている。と、そういうふうに限定したんです。世界がいろいろ動いていてもあまり関心をもっていない日本人。つまり、自分の父親です。あのミルクホールの給仕の娘がかわいいとか、今度封切りされた映画が面白いとかって言っていた人たちが生きていた世界。
半藤 当時日本人のほとんどは、そうでしたよ。それが、持たざる国、日本の昭和なんですよ。民草は食うのに一生懸命。
宮崎 まさにほとんどの人が刹那的でした。それで、そういうふうに描くしかないと思ったんです。ドキュメントをやってくださる人はいっぱいいますから、それはお任せしておいて、ぼくはやっぱり親父が生きた昭和を描かなきゃいけないと思いました。

あの時代において(映画の)堀越二郎が特別な存在だったわけではなく、
それぞれの場で、それぞれの役目をはたしていた日本人は、
みなおなじように、じぶんのことで一生懸命であったのだと。

のちの世を生きているぼくたちは、
大所高所から、あの戦争を、あの時代を、俯瞰して見ることができますが、
そのまっただなかにいたひとたちが、はたしてそうであったのか。
それは、いまのじぶんたちが、さらにのちの世のひとたちに、
どう見られているか、どうかたられているか、ということでもあるでしょう。

航空技術者という役職ゆえか、はたまたその性格のゆえか、
「凡人ならぬエリートだから、あんな言動になるんだ」
「一般人であるわたしたちは、かれに感情移入できない」
「演技が棒すぎる。だからジブリの映画は(略)」
と見られてしまう(映画の)堀越二郎ですが、
かれもまた、あの時代を生きた、ひとりの日本人であるのはまちがいありません。
(最後のはちがう?)

「この映画は、正しい戦争のとらえかたをしていない。だから問題だ」
「病気の女性のとなりでタバコをすうとはなにごとだ。けしからん」
「そもそも堀越二郎はタバコをすわないそうじゃないか。ウソつくな」

世の中的に正しい(とされる)ものしかみとめないのって、
窮屈というか、息がつまるというか、正直しんどいというか。
…なんてことを書くと「おまえは犯罪を助長するのか」とかいわれそうですが。
そういうことではなくてですね。

(p218)
半藤 くどいようですが、『草枕』はアニメにはできませんか。やっぱりだめですか。
宮崎 アニメーションというのはけっこう不便なものでして、嘘をついてもいいやと思えるものはいいのですが、嘘ついたとたんに怒涛の如くいろんな抗議が出てきそうなものは難しいです(笑)。漱石はまさにそれですね。「オレの漱石になにをするッ」と、そういう怒りをヤマほど買うことになるでしょうから。
半藤 ああ、そういう輩はたくさんいそうですね。いわゆる漱石オタク。
宮崎 いっぱいいます。零戦の52型どころじゃないと思います(笑)。

映画にかぎらず、ひとつの作品において、
ひとつの大ウソをつくためには、そのほかは厳密でなければならない、
とは、だれのはなしか、わすれてしまいましたが。
しかし、そのために、作品を鑑賞するぼくたちが、
鵜の目鷹の目で、眉間にシワをよせてみたって、おもしろくありません。

そっちのほうは、そういうのがすきなひとにまかせておいて、
(ぼくもそういう作業が、決してキライなわけではありませんが…)
おおまかにポイントをつかんで見る、というのも、
たまにはいいのかもしれませんね。

ところで、なぜに本書、『腰ぬけ愛国談義』というタイトルなのか。
きっかけはここ。

(p77)
半藤 日本は脇役でいいんです。小国主義でいいんです。そう言うと、世には強い人がたくさんいましてね。そういう情けないことを言うなと、私、怒られちゃうんですがね。
宮崎 ぼくは情けないほうが、勇ましくないほうがいいと思いますよ。
半藤 「腰ぬけの愛国論というものだってあるのだッ」と声だけはちょっと大きくして言い返すのですがね(笑)。へっぴり腰で。
宮崎 ええ、ほんとにそう思います。いいですね、腰ぬけ愛国論か……。

あの時代と現在がかさなるなか、
さて、ぼくたちはどう生きていけばよいのか。
かんたんに、十把一絡げに、すぐに見つかるこたえはないでしょうが、
ちょっとはヒントになることが、この対談のなかにあるかもしれません。

あ、それから。
宮崎監督版で『草枕』映画化という、半藤さんの提案に一票。
実現はむずかしいでしょうが…。
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